鳴海 風
(「大衆文芸」平成12年2月号より)
もともと呆れるほどの遅筆だった。それをおびただしい時間と根性で補って作品を書いていた。それが、中年の体力低下が障害になり、ままならなくなってきた。会社の仕事を終えて帰宅し、さあと机に向かっても、一日の疲れが体を横へ下へと引っ張って、まともにワープロに向かっていられない。毎週体育館へフィットネスに通っているが、数値的にも衰えははっきり出ている。以前、早乙女貢先生から、サラリーマンの私は、「とにかくどれだけ机に向かっていられるかが勝負だ」とアドバイスされたことがある。何とか、無理矢理でも机に向かう手だてはないものか。 会社の延長みたいではあるが、パソコンに目をつけた。インターネットである。パソコンは会社でも使っているし、自宅にも用意してあるので、電話回線をつなぎプロバイダー契約をした。これで、一部の知人とメール交換ができるようになった。ホームページも見れるようになった。
一年前に知遇を得た作家、鈴木輝一郎氏のホームページ(http://www3.famille.ne.jp/~kiichiro/)を見て衝撃を受けた。
特に彼の公開している日記は、きわめて日常的な行動の記録でありながら、エッセイのように読みごたえがあって且つ面白い。
プロット立てからラフ組み、仮印刷、読み直し、脱稿、原稿送付にいたるまでの創作プロセス。編集者との交渉や付き合い方、売り込み活動まで克明に記述されているため、作家志望者には大いに役立つだろう。
また、読書記録、映画鑑賞の記録、興味をもって調べた事柄を丹念に記録している。それらは、将来エッセイなどの依頼があったときに、さっと取り出して提供できるネタになる。パソコンには検索機能というのがあり、キーワードを入力することによって、その単語を含む文書を即座に見つけ出してくれるからである。
鈴木輝一郎氏は、第四十七回日本推理作家協会賞受賞の実力ある若手作家の一人で、『狂気の父を敬え』、『美男忠臣蔵』といった時代小説もある。岐阜で職人用の鏝(こて)製造業を営むかたわら小説を書いていて、二足のわらじをはいている点は、私には大いに参考になる。
彼のそういった生活姿勢を見習い、同時に机(パソコン)に向かう習慣をつけるために、自分もホームページを持とうと決めた。
ただ、技術進歩の激しいパソコンの世界である。一年半前に購入したマシンの性能は既に時代遅れとなっていた。ホームページを作るためには、色々な機能も必要である。
専門用語を並べてしまうが、ご容赦願いたい。CPUの能力を上げるため、アクセラレータ付きのCPUと交換した。メモリーのRAM、内蔵ハードディスクを増設した。SCSIカードを装着して、スキャナー、MOを接続した。インターネットの接続を高速化するため、ISDN契約をした。これらは、すべて自分でやった(自分が技術系出身であったことは幸いだった)。
条件が整ったところで、簡単ホームページ作りを標榜する雑誌を購入し、せっせと作っていった。表紙となるトップページには、自著『円周率を計算した男』の表紙をスキャナーで取り込んで画像として貼りつけた。目次となるインデックスの各項目にはボタン画像を並べ、マウスでクリックしたときそれらのページに飛べるようにリンクさせた。インデックスには、最近の著作活動を紹介する「近況」、自己紹介する「プロフィール」、日記に相当する「悪戦苦闘の一週間」、種々の記事を並べた「関連情報」、そして推薦するホームページ一覧となっている。
「近況」の中には『大衆文芸』にエッセイを載せたことを書いた。「プロフィール」の中では新鷹会との出会いや勉強会のことも書いてあるので、特に別のページで『大衆文芸』に掲載されている「新鷹会の勉強会について」を全文紹介することにした。事務局への連絡方法も付け加えた。
さらに、サービスとして、私が所有する作家の自伝的小説やエッセイ(村上先生の『思い出の時代作家たち』とか)、さらに小説や文章の書き方について書かれた本(クーンツの『ベストセラー小説の書き方』とか)の一覧を紹介したページもある。
結構貴重な情報を盛り込んだ気ではいるが、面白いページを作らないと、なかなか奥の院ともいうべきそれらのページまで見てもらえないので、日記の中で、ソニーのペットロボット「AIBO」を借りて、自宅で実験飼育をした記録を写真入りで紹介したり、我が家の生きたペット(猫)の生意気なポーズの写真を載せたりしている。
こういったホームページを二週間ほどの突貫工事で作り、プロバイダーへアップロードすることにより、私もまがりなりにもホームページ所有者となった。
ホームページを作れば、鈴木氏のように訪問する人がひきもきらず……かと思いきや、案外そうではない。つまり、今やホームページなんて浜の真砂のように増えてしまって、そのほんの一つに過ぎない鳴海風のホームページ【FREE AS THE WIND】(http://www.d2.dion.ne.jp/~narumifu/) などは、インターネットの通じている友人、作家仲間、編集者が義理で見てくれているだけのようである。ホームページを開設して三ヵ月余りになるが、平均すると一日たった三件のアクセスである。世界中どこからでも光の速度(つまりリアルタイム)でアクセスできる仕組みなのに、これでは絶海の孤島に等しい。
……とは言いながら、本来の目的は果たせたのかどうか。つまり、私は自分の肉体を机に拘束させ、少しでも創作活動へ専念できる条件を作り出そうとしたのであった。それは、半ばはできた。帰宅して夕食後寝るまでのわずかの時間、パソコンへ向かう習慣はできた。ところが、インターネットの効果で、電子メールが増え、平均すると毎日十通ほどのメールを読んで何らかの対応をする必要が生じたのだ。結局、新しい仕事を増やしただけのようで、取り組むべき長編はさっぱり進展しない。
しかし、インターネットを通じて、量産作家の知り合いが増え、同時に彼らの手の内を知ることができたので、そのうち何とかなるような気がしているのも事実である。