田中耕一さんにノーベル賞
 連続快挙に列島興奮 (2002/10/10)


報道陣に取り囲まれる田中耕一さん
報道陣に取り囲まれる田中耕一さん(9日午後9時45分、京都市中京区の島津製作所で)
◇「仕事を楽しむ人」 研究者仲間 

 研究者の間で、「フレンドリーな人」として通る田中さん。「四十歳代で受賞するなんて」「勇気づけられる」。仲間たちは祝福と驚きの言葉を口にした。

 十数年前から田中さんを知る山岡亮平・京都工芸繊維大学教授(化学生態学)は、「うわさもなく、賞向きの研究とも思っていなかったので驚いたが、そう言えば、今や彼の開発した分析計は、世界中の研究室で使われ、役立っており、なるほどと思った」と言う。

 「一つのことに一生懸命になる人。泊まり込みの研究会などで飲むと、話し出すと、止まらない」

 同大学で五月に開かれた日本質量分析学会で、受賞の前兆とも思える一幕があった。「田中君も発表したが、特別講演に招いた質量分析の世界的権威、アメリカ・パデュー大学のグラハム・クック教授が、講演の中で『田中がいい、田中の仕事は素晴らしい』と、しきりにほめたんです」

 大阪大学大学院理学研究科の石原盛男助教授は、海外の学会で丸刈り頭にしていた田中さんと同席したことがある。「一言で言えば、一風変わった人。研究熱心だが会社人間という感じではなく、仕事を楽しんでいるという様子だった」

 田中さんはたんぱく質の解析方法についての八〇年代半ばの発見で知られ、研究者がこのテーマを話す際に「必ず枕ことばのように名前が出てくる」という。

 「この年代で受賞するなんて、考えたこともなかった」という十五年来の研究仲間でサントリー生物有機科学研究所の益田勝吉主任研究員(42)は、今年七月、新幹線に田中さんと二人で乗っていて、台風の影響で閉じこめられた。

 「『あれを見つけた』『これを見つけた』と自分の研究のことばかり話し続けた。私は疲れていたから、頭をたたいて、『黙れ』と言ったけど、もうそんなことができなくなった。困った」と、友人ならではの言い回しで喜んだ。

 山梨大クリーンエネルギー研究センターの佐藤哲也助教授(37)は数年前、学会の宿泊先のホテルで一緒に朝食を取ったとき、「朝っぱらから私の研究内容を質問して困らせてやろうとしたが、さらりと答えられてしまった」ことも。「この分野は米国に後れを取っているだけに、田中さんの受賞は同じ研究者みんなの誇り」と祝った。

 田中さんと同様、質量分析計の開発にかかわってきた理化学機器メーカー「日本電子」主任研究員田村淳さん(43)も、「ライバルながらうれしく思う。勇気づけられる思いだ」と話した。

◇感激「元気になる」 街の声

 「サラリーマンがよくやってくれた」「みんなが元気になるニュース」――。リストラや景気低迷の不安に沈みがちな日本列島では、感嘆と称賛の声がわき上がった。

 大阪駅前で帰宅途中の男性会社員(47)は「よう、やった。これぞ、日本のサラリーマン。つらいことの多い毎日だけど、また頑張ろうという気になった」と興奮気味。

 大阪府東大阪市の介護事業所経営、寺田泰政さん(48)は「民間が様々な分野で研究に力を入れているのだから、今まで受賞者が出なかったことが不思議なくらい。自然な流れだ」。

 神戸市の阪神元町駅。会社員辻本義雄さん(51)は「小柴さんに続く連日の受賞。日本もまだまだ捨てたものじゃない」と感激し、京都市のタクシー運転手奥田公博さん(49)は「日本の理科教育も、押しつけではなく、楽しく研究しながら学べる環境にしていくべきだと改めて感じた」と話した。

 東京・銀座では、会社員小川賢さん(52)が「サラリーマンだと余裕もないだろうが、自分で努力してノーベル賞までもらえるほど頑張ったのは偉い」と言い、同、寺島秀俊さん(53)も「たいしたもんだ。酔っぱらっている場合じゃないよ」とご機嫌だった。

◇「会社の誇り」 同僚ら

 島津製作所本社(京都市中京区)も、喜びに包まれた。

 総務環境部長の小野瀬荘樹さん(54)は「『技術の島津』としても、受賞は大変名誉なことで、若い技術者がこれで発奮してくれたら」と興奮。国際本部企画管理部の江守堅・専門部長は「百二十年を超える社の歴史の中で、大変光栄なことだ」と喜んだ。

 五月から田中さんの直属の上司となった主任研究員の谷水弘治さん(44)は「こんな歴史的な日に同じ職場にいられるなんて」と感激。「来週、京都で新型の質量分析装置を発表するが、彼と『人が集まらないとどうしよう』と言っていたけど、そんな心配はいらなくなった。彼はこの研究のため、九月から『終わるまでひげはそらない』とのばしていたが、先週めどがついてそったばかり。今日の晴れ舞台にちょうど間に合った」と笑顔を見せた。

 デザイン部社員の山本武史さん(30)は「この不況の中で、努力しても報われないような気になっていたが、まさか自分の会社からノーベル賞が出るなんてすごくうれしい」。

 田中さんが初めて配属されたレーザーを使った質量分析プロジェクトチームのまとめ役だった基盤技術研究所所長の吉田多見男さん(54)は「田中君は、興味を持った研究に没頭するタイプで、近くの寮に帰る間も惜しんでいた。ノーベル賞は大学の先生のものと思われがちだが、企業の研究者が受賞でき、自分も含めて大きな励みになる」と話していた。



 米国出張中の矢島英敏・同社社長は「こういう話は事前に知らされるものではなく、大変な驚がくと喜びを感じている。『技術の島津』の誇り。研究一筋に歩み、英国に勤務して磨きをかけた成果だ。一日も早く帰って田中君に『おめでとう』と言いたい」とコメントした。

◇識者の声

 コラムニスト泉麻人さん「ノーベル賞の選考が、知名度は低くても、時代のトップクラスの研究を正当に評価する、いわゆる名より実を取るようになってきた兆しと期待したい。物心ついて以来、日本人受賞者で自分(四十六歳)より若い人がいなかっただけに、驚きと、同世代への共感を感じる。四十三歳といえば中間管理職世代。勇気づけられた人も多いだろう」

 京都大名誉教授で評論家の森毅さん「三十年ほど前、企業が研究室をつくるのがはやり、学生に『大学院に残るばっかりでなしに企業もええんちゃうか』いうてだいぶ行かせた。そいつらが四十代ぐらいになったとき『やっぱり企業はあかん。会社の管理職としての能力を求められるようになる』て、恨み言を言われた。今回の受賞で『管理職にする以外にも人材を生かす方法があるん違うか』て、いろんな企業が考えるようになるんちゃうかな。それにしても島津製作所はえらい得したなあ」

 自動車部品メーカーに勤める研究者で時代小説作家の鳴海風さん「メーカーなどで技術開発や発見があっても企業秘密になることが多く、学会発表できないことも多い。研究が商品化されることで自分を満足させている研究者が多いが、どこかで研究そのものを評価してほしい、という気持ちもある。その部分に光が当たった受賞は、きっとサラリーマン研究者に希望と喜びを与えるはずだ」



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