気まぐれ日記 2025年1月

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1月1日(水)「花粉症、怠惰な元日・・・の風さん」
 午前零時を過ぎて、初めての出来事があった。サラちゃんがワイフに抱っこされたのだ。膝の上にのったのを、そのまま抱き寄せて、す〜っと立ち上がったら、抱っこ状態になった。
 これは画期的なことだ。保護猫サラちゃんは、普通の猫のようにできないことがたくさんあったが、最後に残っていたのが抱っこだった。まだだまされて抱っこされただけだから、本当に抱っこができたわけではないけれども、新年早々縁起が良い。すばらしい! 早速インスタグラムに上げた。
 その後、買っておいた3Dパズルを始めた。テーマはクリスマス(笑)。クリスマスまでに着手すらできなかった。まあ、我が家は年中クリスマスでも平気なので、正月三が日の間に作ってしまおう(と思っているけれども、意外と手ごわそう)。徹夜ででも頑張るつもりが、途中であきらめて、5時に就寝。
 花粉症がひどくて9時に起きた。調子悪い。
 子どもたちは一人も帰っていないけれども、ワイフは例年通りにがんばってお節を作ってくれた。お屠蘇(九重本みりんの店舗で限定商品をワイフが買って来たもの)で乾杯し、豪華なお節に箸をつけた。こういった平和が世の中全体に来てほしい。年賀状にもそういった想いをこめた。続けて、日本酒をあけた。私が昨年笠間の蔵元で購入したもの。美味すぎる。
 わずかなお屠蘇と日本酒で酔っぱらってしまい(寝不足もあったし)、リビングでダウン。
 たくさん届いていた年賀状の中に、今年も年賀状じまいを宣言するものを発見した。年に1回の重要な情報交換だが、まるで年賀状じまいするのが当然だという風潮が世の中にある。今の若い人たちはやがて年賀状は不要になるだろう。しかし、高齢者はそうはいかない。他の情報交換手段をあまり持っていないからだ。
 とつぜんの死の訪れがあった場合、残った家族は訃報を伝えようとするが、相手の情報の入手方法は年賀状が最有力だ。私の父のときもそうやって、連絡した。一昨年の義父のときも、ワイフは年賀状から連絡先を探ったという。古い友人たちで、年賀状程度しか情報交換していない場合、年賀状じまいをしてしまったら、もうお互いにどちらが死のうとその連絡は届かないだろう。だから、年賀状程度しか情報交換していない古い友人たちは年賀状じまいしてはいけないのである。
 目が覚めたらもう日暮れで、恒例の初詣(近所の神社)は中止。
 結局、今日も、花粉症の薬をたくさん服用してしまった。
 晩御飯後、また3Dパズルをやって、いつもの時刻(午前2時ころ)に就寝した。怠惰な元日だった。

1月2日(木)「やっと初詣・・・の風さん」
 新聞も郵便物も配達は正月休み。
 ブランチのお屠蘇も日本酒も控えめにして、ワイフとやっと初詣に出かけた。恒例の近所の神社だ。穏やかな陽気で、こういったのどかな初詣は実に多いというか、確率が高い。過疎化が進行して、インフラが徐々に不便になることがなければ、終の棲家として、食べ物は新鮮で美味いし、絶好だと思うのだが。
 神社の手前に学生アパートがあったはずなのに、ない! 空き家ではなく、建物そのものが消滅していて、ヤギが4匹のんびり寝そべっていた。近年、大学は都市へリターン傾向だ(学生が便利な都市に住むことを望んでいるから)。当地にある大学も徐々に学部がなくなっているが、やがて消滅する恐れが高い。運動場くらいで引き留められるはずがない。
 神社の石段の下の鳥居の両脇にある狛犬は、ずっと左右反対のまま。今年は石段がやけにきつく感じた。
 拝礼して祈ることは、例年通り、家族と親戚の健康と幸福。祈っても老化や病気は非情だ。人間が破壊した自然からしっぺ返しを受けているのだから、せめて神仏には守ってほしいと思うのだが。
 昨年はワイフも多忙でウォーキングにほとんど行けなかった。帰りは、ウォーキングコースを通ることになった。決してハードなコースではないのだけれど、ゆるい坂が長く続くだけで、足にくる。やばいぞ。夫婦二人とも同時に時間的余裕を求めたら無理かもしれない。どちらか一人でも、時間がとれたらウォーキングするべきだということで意見が一致したが、何となく寂しさがある。
 ワイフは明日から中学の同窓会で徳島県へ出かける。その準備をいそいそと、楽しそうにやっている。還暦同窓会以来、同窓会の価値を再認識している私は、全面的に協力している。

1月3日(金)「歩く塗装職人・・・の風さん」
 普通に早起きして、ワイフを駅まで送った。2泊3日の立派な旅行だが、どうやら交通手段は長女が全面的に協力して決めたらしい。トラブルがあった場合、長女へ連絡して予約変更してもらうそうだ。な〜んだ、そういうカラクリか(笑)。
 いったん家に戻り、キャメロンに乗り換えて、いつもと違うホームセンターへ向かった。昨年、在庫を確認に行ってきたチェーン店だ。おそらくなくなればそれっきりなので、必要なものはすべて買い占めるしかない。
 開店前に着いたことで、列に並んだ。新年の3日である。何かもらえるかな、という期待感(貧乏人のあさましさか)が胸に膨らんだ。ところが、開店して中に入っても、何もなし。ただし、今日は3千円以上買うと、店のレジ籠がもらえるらしい。
 大量の買い物になったので、軽トラを借りて、自宅まで往復した。ホームセンターから帰るとき、例のレジ籠がまだなくなっていなかったので、ありがたくもらってきた。人気のない景品らしい。昨年暮れ、屋外で使用しているレジ籠の一つが劣化で破損していたので、その補充になった。
 アレクサ予報によると、今日はときどき雨が降るでしょう、だった。まさか、こんなに日本晴れなのに。
 作業着に着替え、屋外作業に取り掛かった。今日は歩く塗装職人だ。数年前に購入したキシラデコールを、今日買った部材に塗る。部材は二重塗装となっているが、おそらく何年も売れてなかったので、今後のことを考えると、キシラデコールを塗装しておくのが賢い方法である。
 前処理含めて、自分で工程を考え、着々と進めていたのだが、夕方になり、突如として雨がパラパラ降って来た。やば! アレクサ予報を恨んでも仕方ない。作業を中断せざるを得なかった。今日の予定のところまでできなかった。
 肉体疲労が激しくて、ダウンしてしまった。

1月4日(土)「今日も歩く塗装職人・・・の風さん」
 今朝のアレクサ予報によると、ときどき雪混じりの雨が降るでしょうだと。やめてくれぃ。
 今日も屋外作業をする。昨日の遅れを取り戻せるか。
 塗装が中心なので、やることは決まっている。そして、気持ちは焦っている。これは会社の現役時代、特に若いころと同じ心理状態だ。やるべきこと、やりたいこと、それらはすべて明らかで、しかも量が多い。自分がやらないと困る人がいる仕事は優先順位が高い。だから、出社直後からほとんど休憩なしで、がむしゃらに仕事していた。係長になった時、課長から、人と会うことが多いのだから、ネクタイぐらいしめなさいと言われて、そうした。課長になった時、次長から、昼休みに仕事するのやめなさい、と言われてやめた、が、その代わり、英語の勉強をしていた。
 虚弱ボケ老人なので、心理状態は若いころと同じでも、体が・・・(笑)。昔、老人の姿を見て、なぜ動きがにぶいのだろうと思っていたが、今の自分がまさにそれ。だって、足腰が固まっているし、動かすと痛いし、力はないし、バランスも悪い。
 塗装が終わりかけていたころ、早くも日没。朝からまったくツムツムすら遊んでいないのに、これだ。
 明日、続きがやれるように、片付けて屋内に退避した。
 昨日も今日も、晩御飯はお節とお餅。餅はトースターで焼いて、そのまま何もつけずに食べているが、けっこう美味い。
 作家業は何もできず、就寝前に、3Dパズルの続きをやった。

1月5日(日)「虚弱ボケ老人の限界か・・・の風さん」
 全身疲労のためやや寝坊。いけね!っと飛び起きたら、体が痛い。アレクサ予報で、今日は降雨はなさそうだ。
 ホットミルクの朝食後、キャメロンで外出。ドラッグストアでサラちゃんのおやつ(ちょうど在庫がなくなった)を奇跡的に発見。ホームセンターで予定の買い物をしようとしたら、1個だけ不足で、急遽チェーン店へ向かった。ところが、その店には品ぞろえがなかった。止むを得ず代替品を購入したが、かなり高額。我ながら冷静さを欠いていた。焦りが原因だ。
 帰宅し、トーストで昼食後、すぐに屋外作業へ。昨日の続きだが、最初にやるべきことは、汚した車庫の上をうすめ液(シンナー)できれいに拭き上げること。ところが、意外と汚れが手ごわい。力を入れてウェスでごしごし拭かないときれいにならない。薄い汚れほど厳しい。昨日の作業で下を養生(新聞紙があったので、それを敷き詰めるだけでよかった)をしなかった。気持ちの焦りが余裕をなくし、結果としてよけいな仕事を発生させた。
 キャメロンを動かしたとき気付いたのだが、駐車してあったコンクリート面に、10センチくらいのムカデの死体があった。キャメロンで轢いたわけではない。ちょうど真ん中だ。ここまでやって来て、死に絶えたのだ。冬になってなぜ出てきたのか、死因含めて不明。こんな大きなやつでも屋内に入り込むことがある。怖いけれど、我が家の保護動物なので、できる限り追い出すことにしている。南無阿弥陀仏。
 休憩なしで、塗装汚れの拭き取りを続けたが、日没寸前になってしまった。もっとやることがあるのだが、そろそろ撤退しなければならない。塗装完了品の乾燥はほぼ終わっているので、裏の小屋にしまうことにした。本工事はもう少し先だ。小屋の整理をしていたら、クーラーボックスの下にゴキの死骸を発見した。毒餌を置くようになってから、あまりゴキを見なくなった。死骸は久しぶりだ。五体は完全だが、干からびている。毒エサの効果だ。もちろんゴキは我が家の保護動物ではない。
 結局、塗装汚れ拭き取りで終わってしまった。情けない歩く塗装職人だった。やはりただの虚弱ボケ老人か。
 メルカリ出品を復活して20日目。毎日続けてきたので、20品目の出品となった。それらの中で7品目が売れた。なかなかの確率で売れている。恐らく同じ出品の中で最安値に設定しているからだろう。出品できるものは膨大にあるが、発送が面倒なものはなるべく出品しない。送料がかさんで低価格のネックになる。
 11時にワイフを迎えに駅まで行った。中学時代にタイムスリップした経験をしてきたワイフはごきげんだった。甘える相手が帰って来たので、サラちゃんが大喜びだった。
 今夜も3Dパズルの続きをやってから就寝した。全身疲労と節々の痛みが虚弱ボケ老人にアラーム(運動しろ)を発している。

1月6日(月)「また半徹夜・・・の風さん」
 今日は雨。昨日まで3日間、屋外作業ができたのは幸運だった。とは言え、3日連続の肉体労働は、それなりのダメージを残した。昨夜の睡眠中、アレルギー性だと思うが、足がかゆくてつらかった(原因は乾燥だろう)。今日はゆっくり起床して、ストレッチは中断。ブランチでは、ワイフの同窓会話をたっぷり聞いた。生まれ育った土地なので、それも楽しい旅行の原因だったろう。
 雨は止まないので、キャメロンでJP分局まで行って投函し、コンビニからまた売れたメルカリ出品を発送した。
 ルーチンとメルカリ出品は、まあ雑務みたいなものだから、ぼーっとしながらこなせるが、仕事に相当することは、なかなか着手できず、ひたすら休養していた。
 晩御飯後、やっと元気が出てきたので、昨日までにやる予定だった、ビジネス書の原稿執筆(修正)に取り掛かった。編集者の指摘にこたえる作業で、やや難物かと思ったが、意外とすいすい進む。このビジネス書に関係したセミナーを、昨年も継続していて、勘が鈍っていないせいだ。このペースなら、今年の4月か5月に、改訂版として出版することができる。
 午前零時を過ぎて、この勢いを止めたくなかったから、最後までやる決意をした。こうなると、もう休憩なしの、ぶっ続け作業だ。午前1時、2時と時計の針が回っても気が付かない。ゴールに到達し、編集者へメール添付で送付した。5日(日)の夜までにやる予定だったことだ。
 就寝は午前4時か5時ころだったろう。フラフラだったが、達成感に浸ることができた。虚弱ボケ老人になっても、執筆スタイルはちっとも変わらない。変えようとしても変えられないまま、こうなっている(笑)。

1月7日(火)「工事の準備がほぼ完了・・・の風さん」
 半徹夜だったので、昼近くまで寝ていたが、その間に五大路子さんからiPhoneに電話がかかってきた。「鳴海さん、声がガラガラですよ。風邪でもひいたのですか」満身創痍なのかもしれない。客観的な指摘を受けて初めて気付くが、少々のダメージでへこたれる私ではない。世界ではこうしている今も戦争の真っただ中にいる人がいる。その多くは職業軍人ではなく、巻き込まれた民間人だ。
 昼食は昨夜の残りのお稲荷さん。永遠のベストセラーの一つだと思う。いつ食べても美味い。美味い、と言えば、最近たまたまYouTubeで大食いを連続して見ているが、美味いというセリフは重要だ。もちろん提供している店への礼儀があるが、ただ量をたくさん摂取しているだけなら、人間としてレベルが低い。ちゃんと味わって、視聴者へ食感を伝えている姿勢が良い。
 ワイフは実家へ出かけたので、徒歩で投函に行き、そのまま屋外作業に入ることにした。投函はできたが、屋外作業の問題が発覚した。寒い。風が強い。無理して風邪でもひいたらバカみたいだ。インフルとコロナの予防ワクチンが無駄になる。
 幸い可能だったので、すべての作業を玄関でやることにした。屋内の物入れと屋外の小屋を何度も往復しながら、道具を玄関に集結させて、木製のスペーサー8個を作って塗装もした。また、ホームセンターで購入した鉄製部品7個にも塗装をほどこした。たったこれだけのことをするのに、しっかり夕方までかかった。途中休憩なしは、これまでと変わらない。
 今回プロジェクト的におこなっている工事に必要な最後の部品をクロネコが持って来てくれた。これで部品はすべてそろったし、事前にほどこす処理もだいたい終わった。帰宅したら、初めてワイフに話すことにした。企画・計画段階の話はほぼすべて否定・反対されるので、もう寸前まで準備できていると話せば、諦めるだろう。
 実家の義母の様子は心配だ。今回は、ワイフが、生まれ育った土地での中学の同窓会に参加した話をしてきたのだから、当然思い出話に花が咲くはずだった。義妹も合流していた。義妹は約10年前に義母を連れてふるさとを旅しているので、その記憶もよみがえることが期待された。しかし、現実は過酷だ。どうも義母の認知症はアルツハイマーでなさそうだ。その薬は以前から服用していたし、亡くなった義父はアルツハイマーだったらしく、その薬が効いて症状の進行が止まっていたのだから。

1月8日(水)「何とも平和な一日・・・の風さん」
 昨日の屋外(内)作業が厳しかったわけではないけれど、疲労がたまっていたらしい。体が休養を求めていたので、起床は午後。ストレッチも中止。ランチにトーストとミカンを食べ、ルーチンをこなしているうちに、早、夕方となった。
 コーヒータイムにして、ワイフがお土産にもらってきたふるさとのお菓子を食べた。高級品で、昔は食べられなかったという。そうでなくても、ワイフも私も子ども時代は昭和だ。そもそもお菓子のバリエーションはきわめて少なかった。我が家の場合、おやつという習慣はなかったので、三度の食事以外で口にするものは少なかった。水道の水を飲んでおしまいなんて普通だった。貧乏なのではなく、それが当時のレベルだった。そして、まもなく高度成長時代が始まったのだが、無知な子どもだった私には、それすら何のことやらわからなかった。
 何でもそろっている豊かな時代(先はきわめて心配な状況だが)のまま、やがて寿命が尽きるなら、最後くらい、ゆったりした生活を送りたいものだ。そのために、身辺整理や健康管理をしているのだけれど。
 晩御飯後、3Dパズルに取り組んだ。あと少しで完成なので、ラストスパートしてみることにした。
 前回の作品より部品点数が多く、組み立ての難易度も高かったが、何とか完成した。これで、残っている3Dパズルは、ワイフが最初に欲しいと言い出したものだけだ。私が勝手にやるわけにはいかない。これまでの2作品より楽そうなので、ワイフがやり始めたら、手伝うだけだ。
 あと、予定している屋外工事を近いうちに完成させれば、大仕事は当分なくなる。裏の土地の草刈りが始まる前に、気になっている屋外作業をできるだけ片付けておきたい。

1月9日(木)「頭が切り替わっていない?・・・の風さん」
 いちおう午前中に起床。ストレッチも少しした。さあ、今日は、雑務と執筆だ。
 ルーチンを終え、雑務をせっせと処理している間に、メールに朗報。講演依頼だった。
 正直言って、今年の決まった予定はほとんどないので、引きこもりの年になると思っている。
 昨年は、次々にイベントが発生したので、それをこなすために、前準備から後処理まで目いっぱいやった。そのため、収入はすべて吹っ飛んでしまった。家計からの前借でやっとこなしたのだ。
 今年も同じ方針でやるわけにはいかない。MUST項目はもちろんやるが、WANT項目は極力がまんして実施しない。お金が外へ出て行かない執筆をしっかり書斎でやろう(笑)。
 講演依頼は今年の2つ目の公式仕事になる。おそらく収入の数倍の出費になると思われる。しかし、それが私にとってのコストミニマムだ。それでも、ついでに色々なことができそうなので、ありがたいオファーだった。感謝感謝感謝である。
 今日まで中断したことで、頭を完全に切り替えることができたと思い、児童書の執筆を始めようとした。こういう場合は、思い付いたことをテキストデータとしてひたすら打ち込んでいく。ところが、頭がまだ切り替わっていないのか、ひらめきがない。あれこれ資料をひっくり返してみるが、ほとんど以前に見た資料だ。何か、突拍子もないストーリを見る必要があると思い、まもなく配信切れになるという映画「博士の愛した数式」を観た。2度目だし、原作も読んでいるのだが、ほとんど忘れている。認知症かどうかは問題ではない。新鮮な刺激になりそうだったので、最後まで観たのだが、やはり小説にするための突拍子もない前提(この映画の場合、80分という記憶の限界。実際にもこういった病気はあるらしいが、まあ、それはともかく)は必要だと再認識できたのはよかった。

1月10日(金)「牛乳じゃなかった?・・・の風さん」
 昨日は、地域(自治体)の放送が何度も「今夜から明日にかけて冷え込むので、水道管の凍結対策をしてください」を告げていた。しかし、これには問題がある。北国なら、いくつかの対策を経験しているのが普通だが、当地は温暖な場所だ。推奨する対策をいくつか提案してもらわないと、どうしたらいいか迷う家が多いと思う。
 北国では、基本的に凍結防止の対策は最初から打ってある。しかし、極端に気温が下がることが予想されると、次の一手が必要で、オーソドックスな方法は、元栓を閉めてから蛇口を開いて、配管に残っている水をすべて出す。亡き母は、これを「水抜き」とか「水を落とす」と呼んでいた。めんどうなら、蛇口から水を少しずつ流す方法もある(もったいないけど)。
 ということで、今朝の最低気温が0℃になることが予想されていた。が、ならなかった。そんなことだろうと、たかをくくって、対策もしなかったけれど。こう書くと、秋田の友人たちから叱られるだろう。ネットニュースで動画も見ているが、秋田の降雪がかなり多い。昔は内陸部は豪雪地帯だったので、驚かないけれど、由利本荘地区の海岸近くでも、けっこうな積雪になっていた。昨年は豪雨もあったし、世界的な異常気象は、例外を作らない。
 今日は、健診で2次検査になったワイフを、私の行きつけの病院まで連れて行った。降雪の心配があったので、スタッドレスにしてあるアクアで往復した。帰りに、大型ショッピングモールで遅いランチにしたが、フードコートで韓国料理の本格的なビビンバを久しぶりに食べた。以前食べたのは、もう10年以上前だったろう。
 帰宅してコーヒータイムの時、ワイフからビックリ指摘を受けた。この間、ワイフが旅に出ている時、「安い牛乳を買った」と自慢していたのだが、その空箱を示しながら「これ、牛乳じゃなくて、乳飲料よ」(笑)。なんと、牛乳は50%未満だった。ダイエット飲料の一種らしい。スジャータが乳製品でないことは昔から知っていたが、今回の乳飲料もそれに似ている。世間知らずの虚弱ボケ老人は、色々なことを知らずに、この世からおさらばする運命なのかもしれない。

1月11日(土)「また半徹夜・・・の風さん」
 予報通りの好い天気になった。キャメロンで外出。
 売れたメルカリ品を発送してから、GSへ。満タン給油したあと、灯油も2缶購入した。ここは値上げしていない。移動販売車よりも200円安い。帰りに大型ショッピングモールへ寄った。昨日の系列店で、ミニオンのチョコエッグがなかったので、どうしても欲しくなり、それを目的に行ったのだが、不運にも中身が同じものだった(笑)。小さなぜいたくも天は許してくれない。
 午後は、工事の前準備をしながら、ルーチンをこなした。そうしながらも、頭の中では児童書のストーリーをひそかに考えているのだが、ひらめかない。重症だ。
 晩御飯後、そろそろ時間切れなので、ビジネス書の第二稿に取り掛かった。新たにやることは少なく、全体を整えて、編集者が仕事しやすいようにする。こういった論理的な作業は、なぜか得意だ(笑)。たとえ記憶に問題があっても、手順にしたがって素直に取り組めばよいのだ。しかし、作業スピードはのろい。これはおそらく昔から。要領よくやろうという気持ちが薄い。それより仕事を(単純作業であっても)徹底して楽しもうとするからだろう。
 てなわけで、第二稿としてほぼ完成したのは、午前4時だった(爆笑)。階下におりたら、リビングの暖房がつけっぱなしだった。こんなに遅くまで仕事を続けるとは、ワイフも予想しなかったようだ。
 このビジネス書の仕事は明日もやる。まともな時刻に終えたいものだ。しかしなあ(^_^;)。

1月12日(日)「またまた半徹夜・・・の風さん」
 何とか11時過ぎに起床。ワイフは週一のお義母さんの介護に行っていていない。
 日没までにやりたい屋外作業があったので、トースト1枚の昼食後、完全武装で出動。これは工事の前準備の一環だ。
 庭のフェンス回りの蔦を除去し、不要な枝類をチェーンソーで切断した。今日は風がないので、屋外作業には最適だ。しかし、気温はやや低く、下を向いていると、鼻水が垂れてくる。何とも情けない気分。
 工事のために準備した部品が適合するか確認しながら、実際の工事の段取りを考えるのだが、設計図面通りにはいかない。すべてが直線でできているわけではないからだ。会社時代に学んだ現合工事という工法を用いざるを得ない。それでも、その現合工事の段取りまでしっかり考えておかないと、本番で苦労することになる。
 最後に、用意した材料に部品をネジ固定した。これは単純な作業で、最後は電動ドリルで一気に固定するのだが、それでも作業姿勢がけっこう肉体的負担で、他の作業を間にはさみながら(つまり体をほぐしながら)継続した(が、あとで失敗に気付いた)。
 正味3時間の作業で、半徹夜の翌日としてはきつかったが、とにかくやれてよかった。
 晩御飯後は、昨日のビジネス書の続きだが、元気が戻るまでまた時間がかかった。
 今夜は、図表やイラスト類の整理で、作業は単純である。編集者に原稿データと一緒に送付した。午前3時前に終了した。早く終わった、と満足だったけれど、よく考えると、昨日より1時間しか早くない。結局、また半徹夜に近い。よくやるよ、虚弱ボケ老人。それとも? もしかして? 虚弱ボケ老人でなかったりして・・・(^_^;)