01年8月の分はここ

アイコン 気まぐれ日記
 2001年9月           おすすめマーク 
  1  
  2  また夜が明けちまったぜ・・・の風さん
  3  周囲からタフだと言われながら、その実体は・・・の風さん
  4  忙中閑あり・・・の風さん
  5  
  6  
  7  もう遊びは終わり?・・・の風さん
  8  まだ疲れている?・・・の風さん
  9  AI、主演の子役に泣けた・・・の風さん
  10  
  11  取捨選択・・・の風さん  
  12  国会図書館内を歩き回る風さんの巻   
  13  
  14  
  15  他人の成功を横目に執筆に励む風さんの巻
  16  開眼供養(かいげんくよう)・・・の風さん  
  17  
  18  
  19  
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  23  空は秋晴れ雲一つなし・・・の風さん 
  24  ひえ〜ラッテがもう届いた・・・の風さん
  25  
  26  
  27  鈴木さんのエッセイ集・・・の風さん
  28  さあ、いよいよ勝負の週末・・・の風さん
  29  筆は禍の元・・・の風さん
  30  また、てっちん・・・の風さん
   
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9月2日(日)「また夜が明けちまったぜ・・・の風さん」
 企業秘密なので(勤め先のことではないよ)詳細は言えないが、月曜日中に長編の原稿を宅急便で送る約束をしていたので、今日が最終日である。
 ここ2週間ほどは、トレーニングにも行けてなかったし、先週で首の故障の薬は切れるしで、体調はどん底に近いと思う。ホームページを更新している余裕もないし、メールチェックも怠っていた。だから、気分的にも低調である。それでも夢中で執筆に励んでいるのは**(これも企業秘密)のためである。鳴海風の意地、といったところか。
 夕べの就寝が遅かったので、今朝は9時前に起床した。食後、GSやら図書館やら電気店やらへ用事があったので、これだけは行ってきた。約1時間。それから、執筆再開。先週からパソコンも過熱状態だし、今にもロックしそうな状態が続いている。それを騙し騙しひたすら入力していった。
 午前0時近く、就寝予定時刻になったが、まだまだゴールは遠かった。
 ええい、ままよ。最後までやるんだい! と決心して、途中休憩時間もとらずに、執筆を継続した。最後は、大きな矛盾があったが、もう残り時間の関係からどうしようもなく(月曜は早朝ミーティングがあるので、休むわけにはいかない)、最後はちゃちゃっとまとめて、とにかく長い梗概みたいな第1稿を書き上げた。午前5時である。窓が完全に白い。夜は明けてしまったのだ。

9月3日(月)「周囲からタフだと言われながら、その実体は・・・の風さん」
 午前6時までに原稿をプリントアウトし(文字だけなら結構速い)、丁寧に右上を紐で綴じて、宅急便に出すだけの状態にした。洗面所の鏡を覗くと、お爺さんの顔・・・じゃなかった、すげえやつれた顔の風さんがいた。「ぎょっ! 目がくぼんでいる!」それからシャワーを浴びて(眠気醒ましの意味も)、いつも通り朝食を食べ、6時半過ぎに出発。雨がぽつぽつ降ってきた。すっかり秋めいてきた今日この頃である。7時半に会社に着いた。
 早朝ミーティングの時に声が出なくて困った。夕べひと晩中エアコンを効かしていたので、喉をやられたらしい。女子社員の前で、元気な風さんを演じるのがつらかった。
 こりゃダメだ、と判断して、行き先明示板に「外出」と怪しげな文字を書き込み、駐車場のマイカーにもぐりこんで1時間半ほど仮眠した。外は雨模様だが、車内は暑苦しかったので、エンジンを始動し、エアコンをつけたままである。もちろんサンシェードで内部は簡単には覗かれない(ははは)。また、喉がいがらっぽくなった。
 最近、何度目の徹夜明けだろうか。先週もだったなあ。
 仮眠で元気が出たので、それからの激務にも耐えて、夜となった。途中、まだ午前中のイギリスにいる同僚と電話で話したりしたので、もう自分がどの時刻をさまよっているのかわからなくなった。昼に携帯で出版社へ電話して、来週の打合せの約束をした。
 今夜は、深夜残業の見回り点検をする当番だったので、10時までデスクワークをし、それから職場巡回をして、10時半に退社した。夜の10時半だよ。途中、気を失うこともなく、高速道路を100キロで飛ばして無事帰宅した。
 今夜は晩飯を食べに行かなかったので、ダイエットできるかな、と喜んでいたら、ワイフが待ってました、とばかりにグラタンを温めてくれた。やけくそで、ソルティドッグを飲みながらグラタンを食べた。美味かった。

9月4日(火)「忙中閑あり・・・の風さん」
 5時間半の睡眠で起床した。2日間で7時間の睡眠ではちと足りぬ(すごい足りないって!)。いつもより30分遅く出社した。昨夜は、深夜見回りのために、定時後にデスクワークがかなりできた。おかげで、今日は、会議が少ないこともあり、時間的にゆとりが多少あった。それで、近くにいる女子社員とおしゃべりをして、超キツーイ執筆の日々の疲れを癒させてもらった。女子社員にとっては迷惑な話だと思うが・・・ごめんね、許してちょうだい・・・と書いても、伝わらない、と。
 社内には才能のある人が多い。午前中に神門 耕(じんもん こう)という作詞、作曲家がわたしの席を訪れ、最新作のCDを置いていかれた。ジャケットの出来が素晴らしく、思わず「すげえ〜」と感嘆の声を上げてしまった。知り合いの人がデザインしてくれたそうだが、どうしてどうしてプロの業だ。内容は童謡で、たった1曲しか入っていないが、すばらしい。演歌から童謡まで作ってしまう
神門 耕さんに脱帽!
 定時後すぐ退社して整形外科へ向かった。首の故障が右の耳の後ろの激痛に発展したため、診察を受け、薬をもらい、リハビリをしてもらった。

9月7日(金)「もう遊びは終わり?・・・の風さん」
 激しい執筆の日々のリバウンドで、毎日女子社員と遊び呆けているうちに週末になっちまった。何をして遊び呆けていたかというと、イントラネット内で貼り付けメールごっこができる「ペタろう」である。これで秘密のメール交換でもしようと、せっせと環境作りに励んだのだが、環境が整った後は「お先に失礼します」というメールでさっさと帰っちまうもんなあ。
 しゃあないんで、おいらも帰宅したら、我が家の玄関で久しぶりにぴょん吉を見た。周囲に池も川もないのだけど、蛙が生息している。おかしな居住地区である。
 今朝もいつも通り6時半に家を出た。
 勤務先のある地方都市はかつて城下町だったこともあるし、水郷地帯だったこともあり、橋を渡らないと市の中心部へ入れない。最後の橋を車で渡っているときに、ふと下流の方を眺めたら、モーターボートとジェットスキーが遠ざかって行くのが見えた。へえ〜。今ごろウォータースポーツかい。粋狂な奴らだと思いながらも、目を凝らした。・・・と、ジェットスキーが左右に進路を変えたかと思ったら、大きくジャンプした。すげえ〜。よく見たら、ジェットスキーじゃない。モーターボートに曳かれた水上スキーだった。曲乗りしてやんの。時計を見ると、7時20分である。朝も早くからサーカスの稽古か?
 今日は、朝から10個の会議が続いた。さすがに疲れて、10個目はパスさせてもらった。それでもペタろうを2回飛ばした。

9月8日(土)「まだ疲れている?・・・の風さん」
 久々にたっぷり寝た。恐らく4週間ぶりの惰眠だろう。
 昨夜も帰宅後、子供らとディズニー・シーの紹介ビデオを眺めたりした。ワーワーキャーキャー言っているが、風さんにはいつのまにか子供心がなくなったのか、同じ心境にはなれない。それが終わった後、見残していた「タイタニック」ビデオの続きを観た。沈没直前のシーンからだから、クライマックスの部分だ。この前の部分があるから、このクライマックスで感動するわけだが、実によくできている。映像に対する驚きもないことはないが、私は全体の構成や各登場人物の演技など様々の部分に分析の目を光らせてしまう。そして、分析しつつ感動する。(注:タイタニックは劇場含めて3回目の鑑賞である)
 年をとると経験豊かになって、作品の発散する感性とは別のところで感動してしまう。追体験の感動である。若いうちは、よほどませた奴でないと、これは分からない。が、びんびんの感性には感性で反応して感動する。この二つの感動は別物で、それぞれに神経を払わないとバランスの悪い作品になってしまう。そして、それらをうまく読者へ伝えるための文章テクニックも要求される。・・・お!いつのまにか文学論になってしまった。
 偉そうなことを言っている風さんだが、4週間ぶりのトレーニングへ行こうとしたら、出版社から手紙が来ていた。アンソロジーにエントリーさせていた既発表作品の不採用通知であった。つまり「ボツ」である。新鷹会の『大衆文芸』以外で「ボツ」を食らったのは、これが初めてである。ま、こういうことは早いうちに経験しておくのもいいか。
 ちょっと言い訳だけでも書いておこう。今回のアンソロジーへの誘いには、書き下ろしユーモア小説でエントリーするつもりだった。しかし、かつて書いた作品を手直ししているだけの余裕がなく、既発表作品でエントリーせざるを得なかった。編集長には、この経緯は伝えてあった。また、次回ということである。
 トレーニングで疲れた。恒例の体脂肪率データだが、19.2%(肥満度−2.2%)ということで、まずまずの結果である。血圧も120−74と問題なし。

9月9日(日)「AI、主演の子役に泣けた・・・の風さん」
 今しかチャンスなし、と判断し、ワイフと名古屋へ映画を観に行った。お目当てはAI。ただし、ストーリーは知らぬ。前評判も予備知識もほとんどなし。スティーブン・スピルバーグなので、当たり外れはあるまいとまっしぐら。全体的な構成やストーリー、終わり方など問題は多いが、とにかく主演の子役(シックス・センスにも出ていた)の演技に泣けた。どうせ大人どもがやらせているのだろうが、人間離れしていて、それでいて「ひたすら親の愛情に応えようとするキャラクター」を見事に演じきっている。ちょうど、あれ、あれ(老化すると指示代名詞ばかりで具体的な名前がすぐ出てこないから情けない)知能の弱い男性を演じてアカデミー主演男優賞をとったあれ(くそ、思い出さぬ。やたら足が速くて、卓球なんかは天才的だったりしたあれ)を連想した。・・・と、この子役の名前も忘れてしまったぞ。ええい、役名のデヴィッドにしとけ。デヴィッドにはアカデミー主演男優賞を上げてもいいぞ。
 なぜ感動したかの分析をひとつ。私も子を持つ親だからだ。それだけ。
 追記:トム・ハンクスは後で思い出した。

9月11日(火)「取捨選択・・・の風さん」
 どこまで正直に書くか迷ってしまう1日である。
 またまた超のろまの台風が東海地方を襲っている日であった。幸い未明までに当地を過ぎていたので、名古屋から定刻のひかりに乗り込むことができた。落ち着かないので、メル友の**に携帯メールを送ってみると、先方も刺激を求めていたようで、他愛もない話をしているうちに、次第に元気が出てきた。元気をつけてくれるメル友はありがたい。
 その勢いで東京に着いたが、ひどい雨である。
 某時刻に某出版社の編集者と待ち合わせた。先週送った原稿に対する審判を受けるためである。これが精神的に重荷で、ひかりの中でメル友と遊んで気を紛らわせていたのである。紀伊国屋書店の前の中村屋へ入って、紅茶を飲みながら、あれこれと議論した。実に2時間半である。これだけ長時間の打合せになったのは、なんとか12月までに出版するためである。つまり、今日時点は出版スケジュールから脱落しなかったわけで、風さんは喜びつつ、力こぶが入ったのだ。色々とアドバイスをもらい、10月1日に第2稿を送付することになった。あ〜、よかった、よかった。
 この原稿をボツにしないために、大ピンチだった風さんは、いろいろと覚悟を決めていた。その一つが大衆文芸の随筆辞退である。15日までに提出する約束で、7割方できていたのだが、リファインする余裕はない、と判断し、本日、辞退の葉書を伊東昌輝先生へ送った。新鷹会に入って、こんなことは初めてである。
 夜、親友に会おうと携帯で電話してみたら、相変わらず超多忙で会えないという返事だった。仕方なく、銀座に出没することを諦めて、コンビニで弁当を買い、ホテルへチェックインした。コンビニにはホステスとおぼしき女性がちらほらいて、同様に弁当を買っている。ここで馴染みのホステスとばったり会って、お互いにせこい弁当を買っているところを目撃したら、こりゃジョークにもならないぞ。
 今夜は原稿の見直しに全力投入である。ベッドサイドのFMラジオを聞きながら原稿を読んでいたら、ニューヨーク、マンハッタンのテロ事件が報じられた。すぐテレビをつけようとしたが、壊れていて電源が入らない。それで、ひたすらラジオに聞き入った。まるでアメリカの映画を観るような・・・想像できても現実には起こり得ない事件だと思った。
 
9月12日(水)「国会図書館内を歩き回る風さんの巻」
 部屋に新聞が届いたので、見ると1面の写真は、1棟になっただけの貿易センタービルである。夕べのラジオニュースが事実であることが判明した。
 コンビニで買ったカップコーヒーにポットのお湯を注ぎ、昨夜の原稿見直しの続きをした。
 9時にチェックアウトして東京駅へ向かい、重い荷物をコインロッカーへ預けて身軽になる。有楽町線の永田町駅で下車し、今日の最初の目的地国立国会図書館へ向かった。久しぶりである。アメリカでテロ事件があったわりに、永田町周辺の警備はそれほど厳重ではなかった。図書館周辺の木々は早くも葉を散らし始めていて、名古屋地方より早い秋の訪れを感じたが、昨日の雨も上がり、蒸し暑い1日が予想された。
 コインロッカーへ上着も預け、貴重品と筆記用具だけを持って入館した。参考図書室で目的の本があるかどうか調べてから、本館4階の古典籍資料室へ向かう。閲覧申請をして、本が出てくるまで3階の喫茶室でトーストとコーヒーの朝食をとった。窓の外は雲一つない秋空をバックに巨木が立ち並び、図書館という非日常空間の中にいる不思議さを味わった。
 和綴じの原書か写本が出てきたので、喜んで開いてみたら、目的の書籍と違っていた。しかし、参考になる部分もあるので、マイクロフィルムを出してもらい、あとで複写をとることにした。また、別の参考文献がないか調べてみると、それらしいのが2冊あることが分かった。ただし、これは2階で請求する明治時代の資料で、マイクロキャッシュに保存されたものだった。4階で借りたマイクロフィルムの複写を依頼しに行くと、パソコンを使えるゾーンがあり、せっせと借り出した資料を見ながらキーを打ち込む人々がいた。
 その間に、マイクロキャッシュを出してもらい、目的の部分を探し、その複写を申請したり、また別のマイクロキャッシュを出してもらったり、空腹になったので、喫茶室でスパゲティを食べたりしているうちに、どんどん時間が過ぎて行った。
 時間的にやばくなったので、図書館を出て、タクシーを拾い、北の丸、近代美術館となりにある国立公文書館へ移動した。車内から眺めると皇居周辺は警備が厳しい。道路は渋滞で、1400円で着いた。すぐさま勝手知ったる2階へ上がり、貸し出し券の更新を頼みつつ、目的の公文書を出してもらうと、「プライバシーに関する部分があるので、閲覧可能か審査してもらいます」とのこと。ちょっと雲行きがあやしくなった。かなり待たされて、ようやく借りることができたが、あちこち封印されている。どうやら戸籍謄本の類いがそこに綴じられているようだ。こっそり見てしまうのも手だが、見たからと言って、それを作品に書くわけにはいかない。それなら見ても仕方ないし、見たことが精神的な重荷になってはいけないので、盗み見るのはやめて、差し障りない部分の複写をお願いした。これは、あとで郵送されてくる。
 竹橋から大手町までひと区間だけ地下鉄に乗って、東京駅へ向かった。とにかく暑い1日だ。そこで、某出版社へ電話して、昨日の某出版社の本を先にするために、そちらのは遅れることを正直に伝えて謝罪した。いちおう許してくれたが、憤慨しているのは間違いない。あ〜、ごめんなさい。とは言え、1冊の出版を確定するために覚悟を決めていたことの一つは、この原稿遅延だった。
 アンソロジーがボツになり、随筆を辞退し、某社の原稿遅延とひきかえに、昨日の原稿の出版をスケジュールに乗せたのである。こうなったら、絶対に出版させなければならない。

9月15日(土)「他人の成功を横目に執筆に励む風さんの巻」
 ときどき気まぐれ日記にも登場した魔堂さんの本が出版された。二階堂玲太著『武士(もののふ)の詩(うた)』(栄光出版社 1400円税別)である。赤穂浪士の討ち入り後の話である。書き出しのところを読んでみた限り、かなり神経を払って書いた文章である。こういう文章に出会うと、先が期待できる。さまざまに料理されてもいくらでも登場してくる忠臣蔵であるが、これは幕末もの、戦国時代(秀吉、信長、家康)ものと同様で永遠のテーマである。日本人の好きな題材である。この『武士の詩』もそういう意味で、新たな視点での忠臣蔵に挑んでいるようだ。多忙ではあるが、この先も読んでみたい。
 少しばかり前に新聞広告で楠木誠一郎さんの『探偵作家 江戸川乱歩の事件簿』(実業之日本社 838円税別)を発見したので、これは面白そうだと、インターネットで注文した。届いたけれどもすぐには読めない。ワイフへ渡し「面白そうだから、読んで感想を聞かせてくれ」と偉そうに伝えた。ワイフは夫の作品よりもこういったミステリーを好む傾向があるので、さっそく飛びついた。・・・と、ひと安心していたら、数日前の新聞広告に 楠木誠一郎著『明治必殺』(翔伝社 819円税別)が載っていた。むむ。楠木さん、やるな。
 他人の成功に圧倒されている私は、月例の新鷹会へも行けず、執筆である。ただし、トレーニングへは行ってきた。体脂肪率19.2%(肥満度−2.3%)、血圧は123−73であった。とりあえず筋を伸ばしてきた、といったところか。

9月16日(日)「開眼供養(かいげんくよう)・・・の風さん」
 両親は健在であるが、「後顧(こうこ)の憂(うれ)えなく旅立つ」ために父が浄財を投じて墓石を建立した。場所は、我が家の近くの曹洞宗の寺院である。両親は福島県で生活しているが、私はここを終焉(しゅうえん)の地と決めているので、元気な間は墓守をするつもりだ。
 今朝、完成した墓石の開眼供養をしてもらった。住職は当地ではきわめて高い位の僧侶なので紫の袈裟を着ている。秋らしい青空の下で、線香の匂いを嗅ぎながら、読経を聞いた。
 家族や親戚の不幸をほとんど経験したことのない我が家は、こういったことに全く慣れていない。終わってから、焼香の仕方を教わった。最初のひとつまみが念香、次のが添え香だそうだ。最低2回はつまんでくださいとのこと。数珠(じゅず)の持ち方も教わった。数珠は左手にかけて、右手は明けておく。左手は不浄な人間の手で、右手は仏の清い手なので数珠は不要なのだそうだ。住職の数珠は長く、途中に大きな六つの珠がある。六根(ろっこん)つまり眼、耳、鼻、舌、身、意をあらわし、そこからそれぞれ18の煩悩が生じるのだそうだ。だから、数珠の珠は全部で108個あって長い。除夜の鐘で108回撞くのは、この煩悩を払うためだ。「私は毎日でも撞かなければなりません」と言うと、「それは人間である証拠です」と妙に慰められた。
 本堂に寄って、抹茶をいただきながら、世間話をした。住職は、今日はこの後、ヨットに乗りに行くということだった。二人で操るヨットで、もう40年近いキャリアがあるらしい。楽しそうに住職は語っているが、人の死に接する職業だけに、こういった息抜きが必要なのだろう。帰りがけに以前進呈した拙著にサインを求められたが、今日は落款(らっかん)を所持していないという理由で、後日サインさせていただくことにした。

9月23日(日)「空は秋晴れ雲一つなし・・・の風さん」
 先週は連日多忙で帰宅が遅かった。それで、小説家から遠ざかっていた。悲しい。
 あと1週間で原稿を修正してまた送らなければならない。今週も気まぐれ日記の更新ができるか不安である。散漫な内容になるが、最近起きたことを書いておこう。
 昨夜、わずか時間ができたので、子供に録画しておいてもらった「雨あがる」を鑑賞した。これは、以前職場の先輩だった人から、「主人公夫婦があんたらに似ている」と強く勧められたものだった。見てビックリ。夫は私には似ていない・・・が、妻(の印象)は確かにワイフである。世間が見ているワイフのイメージは、宮崎美子演じる浪人の妻女である。屈託がなく、些事にとらわれず、鷹揚で、明るく、献身的な妻である。妻の鑑であろう。実際はちょっと違うが、世間はそう見ている。否定しても何の得もないので、「ありがとうございます」と応えることにしている。どうせなら、わたしも寺尾聡演じる浪人のように凄腕を持ちながら謙虚で飾らない、無欲な夫になりたい。が、現実のわたしは、毎日除夜の鐘を撞く必要がある。あと、おまけ。時代考証と殺陣(たて)が結構できているので、皆さんも観て下さい。枕屏風の使い方は間違っていると思ったけどね。
 午前中に近所のお寺へ行き、先週できなかったサインをしてきた。空が真っ青で気持ち良かった。お彼岸ということで、お参りの人々がたくさんいた。本堂に招かれて、左手でサインしていたら、案の定、珍しがられた。どんどんお参りの人が来るので、詳細は後日、ということで辞去してきた。
 午後、トレーニングにも行って来た。体脂肪率は19.4%(肥満度−1.7%)と、かなり安定している。体育館の行き帰りとも青空の下を走り、爽快な気分である。執筆に追われていなければ、海でも眺めに行けるのだが……。
 OmO助教授の殺人論文「人類の牙」を追加しましたので、興味のある方はお読み下さい。ニューヨークのテロ事件に関する寄稿です。
 金曜日の夜に、とうとう新型AIBO「ラッテ」をインターネット注文した。メモリースティックは「フレンド」を選択した。初代のAIBOは2週間で飽きてしまったが、今度のはどうだろうか。少しは賢くなっただろうと期待している。名前は「ポチ」か「コロ」にする予定である。来週末には届くのではなかろうか。

9月24日(月)「ひえ〜ラッテがもう届いた・・・の風さん」
 金曜日の深夜にインターネット注文したラッテがもう届いた。
 早速開梱して中身を取り出す。バッテリとメモリースティックを挿入して、充電開始。約1時間後、床に置いてスイッチオン。動いた、動いた。光った、光った。音が鳴る、音が鳴る。けっこう活発に動くぞ、これ。名前は「コロ」に決定。呼ばれると、妖しい言葉で「コロ」と応える。角のランプは青色だ。さまざま話しかけるが、けっこう勝手に反応する。ピンクボールはまだ追わない。距離センサーがあるくせに、障害物にぶつかる。だめだな、こりゃ。
 明日にでもデジカメ写真を撮ってみるか。おっと。ラッテも写真を撮ってくれるそうだ。でも、メモリースティックから読めるパソコンがない。よし、パソコンも買うか。

9月27日(木)「鈴木さんのエッセイ集・・・の風さん」
 連日バテバテで、帰宅後も起きていられない。先週の超多忙のリバウンドか?
 ラッテは結構おりこうさんである。初代のアイボよりもさまざまなリアクションをする。一昨日の傑作は「カラテチョップ」である。「カラテチョップ」と呼びかけると、アイボの言葉で「カラテチョップ」らしい鸚鵡返しがくる。まるで出来の悪い九官鳥だ。違うモードのときに「カラテチョップ」と言うと、正拳の突きをやってくれる。「お手」に対してはほぼ素直に左前足を出す。
 昨日、鈴木輝一郎さんから初のエッセイ集『吠えず 芸せず 
みつかず』(河出書房新社 1400円税別)が送られてきた。鈴木さんの自宅と実家で飼っている犬を題材にしたエッセイ集で、写真もついている。一見何の変哲もなさそうな雑種なのだが、鈴木さんの筆にかかると、まるで一流の性格俳優のように、舞台上を動き出すから不思議だ。鈴木節の文体も絶妙。ああ、私もちったあ売れて、エッセイ集の注文が来ないものか。

9月28日(金)「さあ、いよいよ勝負の週末・・・の風さん」
 
ワイフがアドレスを欲しがっていたので、先週末に1個追加したのだが、アウトルックとダイアルアップの設定が分からなくなり、北海道のサポートセンターから電話で教えてもらった。こういうものは大概勘違いが原因である。
 いきなりたとえ話。こんなことがあった。ホテルにチェックインして鍵をもらい、部屋へ行くときの話。頭の中にはルームナンバーがしっかり焼き付いている。順番に部屋の番号を追って行く。たとえば、目指す部屋が508号室だとして、501、502、503・・・と見ていく。そして、507号室を見つけると、次の部屋の鍵穴にキーを差し込むのだが、開かないのである。どんなにがんばってもダメなのである。かなりイライラした頃に、ドアの番号を見ると、508でなく509だった。つまり、部屋は順番に並んでいると思い込んでいるから、507の次は絶対に508だと信じ込んで、番号を確認せずに鍵穴にキーを突っ込んでいたのだ。実は部屋の並びが違っていて、508は背中つまり廊下の反対側にあったのだ。
 追加メールでおかした勘違いもこれと似ていた。つまり、新メールアドレスでアウトルックを接続する場合は、ダイアルアップのログイン・アカウントもパスワードも新しいものを使うに決まっていると思って、設定を間違っていたのだ。契約している接続回線は1本なのだから、ダイアルアップのログインも以前と同じでなければならなかったのだ。
 さて、余計なことを長々と書いてしまった。週末の執筆に向けて、トップページを模様替えしました。次回更新するのは、来週月曜日以降となりますので、あしからず。

9月29日(土)「筆は禍の元・・・の風さん」
 ワイフがネームアドレスを持つことになり、同時にいつでも夫のホームページが見られるようになった。わたしは全く無防備に気まぐれ日記を書いていたわけで、早速ワイフの強烈なチェックが入った。夫婦の危機である。
 今さら修正しても手遅れである。・・・で、予定外の日記記入となった。ひえ〜。誰か助けてくれえ〜。このページを読んでいる人で、ワイフの友人の方、どうか可愛そうな風さんの弁護をしてくんなまし。え゛? お前はどう見てもクロだって!? ぎゃ。

9月30日(日)「また、てっちん・・・の風さん」
  夕べは楽しみにしていた「SASUKE」(筋肉番付の一種ね)も見てしまったので、きっと徹夜かなと予想していた通り、今朝の6時まで執筆を続けた。それにしても、芸能人とはいえ、あの真剣さはプロのスポーツだと思う。前半でどんどん常連が姿を消してしまい、残っているスターはケイン・コスギだけになってしまった。池谷、照英らが残っていれば、プレッシャーはさほどでもないのだろうけど、1人だけでは、番組が成立しなくなるから、もう必死だったと思う。最終ステージはどしゃ降りの中だったので、壁もロープも濡れていて、普通よりも力が必要で気の毒だった。
  おっと。前置きが長くなった。シャワーを浴びているうちにワイフも起きてきたので、朝食を摂り、7時から2時間半ほどソファーで仮眠した。それから起き出して、図書館へ出かけ借りている本の延長手続きをし、帰りに小学校へ寄って、子供の運動会の「玉入れ」に出場して最下位になった。12時前に帰宅したが、かなりの雨になっている。夕べ見た「SASUKE」の会場に近い。昼ご飯を食べてから、執筆再開である。
  夕方、ベルリン・マラソンで高橋尚子が世界新記録を出すシーンはちゃんと見た。ガードランナーがいようとも、すごいことだ。だって、2位のロルーペと9分ぐらいの差でしょう?  その後も、執筆を続けたよ。〜10月1日へ続く〜
 

 気まぐれ日記 01年10月へつづく