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気まぐれ日記 2000年9月

9月1日(金)「よくある鳴海ちがいの巻」
 5時過ぎに目覚め、コチコチの体を起こす。
 シャワーを浴びて、30分だけ原稿に目を通す。一般読者には難しいのかなあ、と思いつつ読む。あまり良い解決策も浮かばないまま、出社時間になり、朝食をとって自宅を出発。
 今日は、早朝ミーティング後、長野県駒ケ根市へ仲間と出張した。車3台に分乗し、東名、中央道を走った。途中何度も雨に降られた。山々には雲が貼りついていて、いかにも高原の陽気である。当然気温も低く、つい先日までの猛暑が嘘のようであった。
 夕方、自宅へ電話してみたら、出版社からゲラが届いていない、という。おかしいな、と思い、出版社へ電話してみると、編集長はお休みで、確認が取れなかった。
 帰宅し、夕食後、諦めて昨夜何カ月ぶりかに借りたビデオを見ていたら、電話。宅急便の配達表(つまり留守だったので持ち帰ったとの連絡用紙)と郵便物が誤配されていたとの連絡であった。実は、すぐ近くに鳴海さんという方が住んでおられるのだ。鳴海宛の宅急便でも郵便物でもちゃんとうちへ届くのだが、ごくまれにご近所の鳴海さんへ届くことがある。今日は、それが同時に起きたのだった。
 宅急便は出版社からでゲラらしい。電話して、明日の朝届けてもらうことにした。ひとまず安心した。
 郵便物は、鈴木武雄先生からで、出版が決まったことのお祝いと、質問事項に対する回答だった。いつもながら元気にあふれる明快なお手紙だった。
 いちおうポストの部分に鳴海風のシールが貼ってあるのだが、出版を記念して、もう少しマシな表札もどきものを掲示しようかな、と思った。ご近所の鳴海さんへもお礼とお詫びをしなくっちゃ。

9月2日(土)「ゲラを修正中。のんきな風さん」
 出版社からは、ちゃんと「**方 鳴海風様」と宛名書きが書いてあったにもかかわらず、宅配業者がご近所の鳴海さんへ持っていったことが判明しました。今朝、ワイフに謝っていたが、けしからぬ業者じゃ。
 ゲラを見てみると、400ページの本になることが分かりました。鈴木輝一郎さんの『死して残せよ虎の皮』(徳間書店1900円)が410ページなので、ほぼ同じ厚さの本になります。『死して残せよ虎の皮』は、本格的な歴史小説で格調高い文章と斬新なストーリーの、読みごたえある作品です。何とか、私のもそれに負けない作品にしたいものです。ゲラの段階ですが、専業作家でない有利さを発揮して、ギリギリまで推敲していきます。
 前もってコピーで見直していたので、今日は全体の40%まで校正を終えました。11日必着で返送しなければなりません。毎日これだけやっていられるのなら楽勝ですが、そういうわけにはいきません。次の準備も開始しないと、1年後に本が出せません(テーマはほぼ決めています)。
 さて、今日は試しにホームページにサウンドをのせてみましたが、いかがでしょうか? 感想メールを待っています。

9月3日(日)「電子辞書を買ってしまった風さんの巻」
 次女のピアノの級試験があるというので、付いて行って、色々な用事をしながら無駄遣いもしてしまった。
 級試験はまあまあだったらしい。わざわざピアノの先生も様子を見に来てくれ、私は小説の話をしてしまった。先日どうしても読みたいということだったので、サインをしてプレゼントしてしまったのである。面白かったとのことだが、どのように感想を述べたらいいのか困っているフシがあり、やはりピアノの生徒の父親の作品というプレミアムがなければ読めない本だろう。今度の新作をどうするかが悩みだな。・・・しかし、私の本音は、娘よりも私自身にピアノの稽古をつけてほしい。・・・てなことを洩らしたら「娘さんから教えてもらったらいいですよ」だってさ。もう。がっくりだぜ。
 ついでに電器屋に寄って、電子辞書の価格動向を調査していたら、4000円下落していて、福島で見たときの価格よりも2000円安かったので、「買いかな」と判断して購入してしまった。広辞苑が入っていて、175gという軽量が気に入った点である。これで、出張などでホテルに泊まって執筆するときでも携行できる。
 昼食後、トレーニングに出かけた。先週と同じメニューである。今週は節制していたつもりだったが、体重が増えていた。体内の脂肪の蓄積が気になるが、簡単には調べられない。血圧はまあまあといったところ。
 帰宅したら、ぴょん吉がインターフォンのところに目をつぶってへばりついていた。可愛い奴。
 夕食でワインを飲んでしまい、酔い覚ましにレンタルDVD、サンドラ・ブロックの「インターネット」を見ていたら、終わり近くになって「ディスクが読み取れません」というエラーが出て消えた。チャプターを飛ばして次を見たが、映像と音声が不一致でときどき映像が止まる。こんなことありか?
 とりあえずホームページを更新しようと部屋へ来たら、ちっこいゴキが出現したので、孫の手で叩きつぶしてやった。ほとんど全ての生き物に優しい風さんだが、ゴキだけはおぞましいし身の毛がよだつ。嫌い!

9月4日(月)「ゴキの館、怖いよ〜ん・・・の風さん」
 今日は帰宅時にぴょん吉の姿が見えなかった。あいつは一体どこへ行ったのだろう?
 ゲラの校正に早く着手しようと晩ご飯をかっ込んでいたら、キッチンにゴキが出現。昨夜と違い、黒くてでかい奴だった。すかさず新聞を丸めて忍び寄り、バシッと一閃させたが、キッチン内蔵型の自動食器洗い機のすき間へ消えた。今度は、ゴキジェットを取り出して、はめ込みのすき間部分へシュワーッと殺虫ガスを送り込んだが、反応なし。「ま、そのうち毒ガスに巻かれて死ぬだろう」とうそぶきつつ、食卓でゲラの校正を開始した。
 しばらくして、次女が向かい側の席について、宿題を開始した。平和な家庭の風景がしばし展開された。・・・と思いきや、夜空をつんざく次女の悲鳴が上がった。「ぎゃあああああ。ゴ、ゴキが・・・」慌てて椅子から降りた次女の椅子を見ると、さっきの黒くてでかいゴキがへばりついているではないか! 怒り心頭に発した風さんは、ゴキジェットで溺れるほど毒液をかけてやった。一件落着後、のんきなシルバー参上。役に立たない猫だ。
 どうも昨今のゴキは、狂暴な気がする。昔、社宅にいたとき、寝室に現れたゴキにコックローチを吹きかけたら、おいらの方へ飛んできた。昨年、長女の勉強机のちょうど真上の天井にゴキがいたときも、コックローチをかけたらパタパタと飛翔しながらおいらの胸に体当たりしてきた。今夜のゴキにしたって、人間様を恐れるどころか、接近してきて、あまつさえ我が次女を恐怖のどん底に陥れるとは・・・絶対許せぬ。よって死刑に処した。
 さて、ゲラの校正は、1時過ぎまでかかって、全体の60%が終了した。

9月5日(火)「メール、色々あって・・・の風さん」
 昨夜はゴキに邪魔されてゲラの校正がはかどらなかったため、ホームページの更新ができなかった。
 1日おいてメールチェックしたら、けっこう色々来ていた。
 先ず、クマのプーサンより、「サウンドについて一言」

 クマのプーサンです。

 サウンドですが、深夜にHPを開く私には子守唄のように眠りを誘います。  
曲を変えてください。  できれば娘さんの演奏をききたいいなあ! 
(まさかこのサウンドは風さんの演奏ではないでしょうね?)

 ははは。ご心配なく、このサウンドは、私の演奏です。・・・というのは嘘。眠りを誘うからやめてくれ、というのは理由として説得力に欠けるので却下。しばらく風さんの催眠攻撃を浴びていなさい。

 続いて、浦島太郎が助けた亀の墓があるお寺の跡取り息子から、

 **です。

 亀のお墓の件、あるにはあるのですが、言われがはっきりしません。
私の祖父(先代の住職)が、なにかしたようなのですが・・・・
ご期待にそえるような話がなくてすみません!!!
長編の本は、出版を楽しみに待っています。
購入しますので、出版したら連絡を下さい。

 これで明らかになったのは、先代の住職が浦島太郎だったということだな。近所で「竜宮饅頭」なるものを売っているお菓子屋があるが、見事な商法だ。あっぱれ、あっぱれ。

 あと、お馴染みキャノンの涌井さんから、

 風さん

涌井@キヤノン、です。
先週はフリーバカンス。しかし、実家の家族が入院したため看病でした。
さて、そんな中でも、リベンジ活動。
まず、JALでフォト&エッセイを募集していたので、投稿準備。リベンジだ。
次に、NTTの公募に投稿。
さらに、小諸教育委員会の公募に投稿。
さらに、さらに、??主宰(忘れた)に投稿。
数を打てばなんとやら。

 すごい。すごい。さすが涌井さん。私も涌井さんの量産能力が欲しい! 量産できないのは実力がない証拠で、プロとして失格ですからね。うーん。まいった。頑張らねば。
 実は、もう一通、アメリカにいるかつてのマドンナ(憧れの女性)からメールが来てました。へへ。アメリカ生活の一端を紹介する内容で楽しく読み始めましたが、途中からまたシリアスな内容に変わってました。クレバーな女性なので、考え過ぎなのかもしれません。あまり真面目に真剣に生きていると、疲れますよ、と優しく肩を抱いてあげたい・・・が、そんなことをしようものなら、マグナム44で吹っ飛ばされるかもしれない。向こうはお金さえ出せば、銃が手に入るのだ。くわばら、くわばら。

9月6日(水)「なぜか元気な風さんの巻」
 Y氏作成のバイオリズムでチェックすると、今日は感情、知性ともどん底の最低で、体力が上昇中の真ん中(0ライン)である。・・・ではあるが、何とか会社の仕事もこなし(15分間の短い講演をした)、体力的にもダウンの気配なく(夕べは4時間くらいしか寝てないのだけどなあ)、こうしてホームページの更新までしている。不思議である。
 夕方工場へ出張して現場のラインを見学してきた。暑かったけれど、意外とへこたれずに現場を歩き回ってきた。そのままマイカーを運転して帰宅した。以前にも書いたけれども、私は、だいたい年間2万5千km走る。そのうち1万6千kmは通勤のみ。あとは、出張と、帰省時のロングドライブ、他さまざまの私用での運転である。だいたい運転は3度のメシより好きと言ってよいので、苦にならない。しかし、この2万5千kmは、結構すごいと思っていたが、鈴木輝一郎さんなどは、私より1万kmは多く走るようなので、脱帽してしまう。でも、運転中というのは結構発想の温床になっていることはある。古来、アイデア発想は、三上(さんじょう)で得られるとか。一つは忘れたけど、枕上(ちんじょう)、鞍上(あんじょう)である。運転中とは、まさに鞍上である。ただ悲しむべきは、仕事で追いつめられていると、その打開策が湯水のごとく湧いてくるのが通勤途中の車の中で、とても小説のアイデア発想までの余裕はない。なかった、これまでは。

9月7日(木)「またゴキが・・・の風さん」
 元気なはずだったけど、さすがに寝不足がたたって、昨夜は10時にダウン。それで、今朝は早起きできるかと思いきや、結局、5時半過ぎにやっとこ起床。それからシャワー浴びて、朝食を食べたりしているうちに、はや出勤時刻とはなりにけり。
 今日も目一杯多忙な1日で(7月21日に母校でやった講演会を、私の部下を対象にやった。一種のカラオケで、講演者が自己満足でやったようなもの。後味はあまり良くないか)、ようよう帰宅すれども、イマイチ気分がパッとせぬ。そこへ、恐れ多くもかしこくも・・・じゃなかった、不届き千万至極の悪虫が出現。ちょうど、新聞記事の中に気に入ったものがあり、ワイフに説教たれていた時だった。耳をふさいだワイフが、そろりそろりと私の前から遠ざかり、キッチンのサランラップをしまってあるひきだしを開けたと想像しておくれ。ひきだしは、突如としてびっくり箱に変身。中から飛び出したのが真っ黒なゴキの成虫一匹。暗夜を切り裂く美女の悲鳴よろしく「きゃあああああああああ〜」。驚いたのは悪虫も同じで、床に落下してから、右へぱたぱた、左へぱたぱた、羽根をばたつかせながら右往左往。ひと息入れて悪鬼の形相と化した女房殿は、それっと取り出したるゴキジェット、悪虫めがけてシュパッ、シュパッと吹きかけたれば、さすがの悪虫も毒液にまみれて、床にへばりついたまま、年貢の納め時、哀れ御陀仏となりにけり。
 この一部始終を手に汗握って眺めていた鳴海風氏、ゴキの落命を見届けるや、安心したのか「今日も、さっさと寝る」とのたもうて、あっという間にベッドの人にぞなりにける、と。

9月8日(金)「さあて、ゲラを仕上げる週末じゃ・・・の風さん」
 結局、今朝も5時半過ぎまで起きられず。シャワーを浴びて、朝食たべて・・・出勤時刻なのよね。今日はさっさと帰宅する決心をした。
 帰りに、書店に寄って、注文した本を買ってきた。何と、7月10日に注文していた本で、今回の長編の参考文献として貴重なものである・・・が、今ごろ手遅れだって! よし。次の短編か何かに利用するぞ。ついでに、プレステ2「リッジレーサーV攻略本」も買ってしまった。ゲラが一段落したらやってみよう。深水藍ちゃんに会いたいよう。
 メールチェックしたら、キャノンの涌井さんから「厠(かわや)」と題したメールがあった。

風さん

涌井です。
『三上(さんじょう)で得られるとか。一つは忘れたけど、枕上(ちんじょう)、鞍上(あんじょう)である。』
と日記に書かれました。
 実は、僕もある原稿に使用したフレーズなので、余計な指摘を…。
もう一つは、お便所ですよ。かわや。厠上です。


 そうか。厠上だったのか。しかし、読み方が分からない。早速、広辞苑と新字源で調べてみたが、ズバリはなし。どうも(しじょう)あるは(しょくじょう)と読むらしい。それはともかく、トイレの中でアイデアが浮かぶかどうかについては、私個人としては、あまりそういうことはないですな。そこへ行くと、半眠半覚醒状態の枕上と(普段はバタンキューなので、何の役にも立たない)、好きな運転をしている鞍上が最高です。あとは、部屋でうろうろ熊のように歩き回っている時と読書中ですか。
 涌井さん。ご教示ありがとうございました。
 さあ。ゲラを仕上げるぞう!

9月9日(土)「今夜も眠れない・・・の風さん」
 金曜日は夕食時にビールを飲んでしまったため、うだうだと起きていて夜中から執筆するよりも、さっさと寝て早起きして始めようと午後8時半に寝てしまった。
 ところが、起きたのは5時で、十分寝たはずなのに、イマイチ頭が冴えない。結局、朝食後にまたソファで仮眠したりして、実働開始は10時頃と遅かった。
 6人用の食卓テーブルに、プリントアウトされた原稿と初校ゲラを開いて、ときどき広辞苑の電子辞書を開いたりしながら、赤のボールペンで修正を加えていった。自分の書斎の机は乱雑になっているので食堂で執筆をしているのだが、周囲の雑音が全然気にならないから不思議である。以前は、執筆は静かな落ち着いた環境でなければならないと思い込んでいた。が、それは間違いであることが分かった。日本インターネット歴史作家協会の鈴木輝一郎さんや菅谷充さんは、ファミレスや喫茶店などで執筆しているし(五木寛之氏もほとんど自宅外で執筆しているとのこと)、若桜木虔さんやえとう乱星さんはテレビを見ながら執筆している。これは、決して異常なことではない。小説を書く作業の大部分は技術、技能の駆使であるから、必ずしも静寂環境の必要はないのだ。アイデア発想やインスピレーション、イマジネーションの展開を要するプロット立てやストーリー構築時はひょっとすると、落ち着いた環境が必要かもしれないが。もっとも三上(さんじょう)という考えもあるので、私など、運転中がベストかもしれない。
 こういった執筆環境の発見も、今回の長編執筆で学んだ大きな収穫のひとつである。
 校正作業は、夜に入っても終わらず、徹夜を覚悟しつつ、日付変更線を通り過ぎた。

9月10日(日)「何たる忙しさよ・・・の風さん」
 どうにか校正作業が最終ページまでたどり着いたので、ひとまずシャワーを浴びて、午前4時半に就寝した。
 起床は7時半で、ワイフが町内会の草取り行事に出ているため、剣道の試合がある長男を試合場まで車で送った。朝食を食べてから、ゲラ全体を最終チェック。ストーリー的な矛盾を直したりするのだが、700枚の長編ともなると、その部分を探すのが大変。結局、パソコンの検索機能を使って、修正個所を見つけてから、ゲラのその部分を直すという2ステップで対処した。
 11時近くなって、そろそろ宅急便を頼みに行こうかと思っていたら、テニスの試合に行っていた長女から「初戦で負けたので迎えに来て欲しい」という電話が来た。ワイフは長男の剣道の試合に行ったままだ。慌てて荷造りして、途中コンビニで宅急便を頼み、11時50分頃、長女を拾うことができた。
 帰宅してから、昼食を食べ、睡眠不足でダウンする前に、と体育館へトレーニングに出かけた。筋力トレ中心で1時間こなした。血圧が113ー67と、今年の最低値を示し、ホッと胸をなでおろす。
 再び帰宅すると、今年2月に媒酌人をつとめたカップルが、4時頃挨拶に立ち寄るという。新妻は既に身重の体である。亭主はプレステ2に関心があるので、早速リッジレーサーの練習を始めた。
 長男の剣道の試合は終わっていて、団体戦で準優勝したとのこと。長男は5戦して4勝したそうだから誉めてやらねばならない。
 カップルが帰ってから、夕食を食べに外出した。今夜は、私の奢りである。
 今日何度目かの帰宅をしてから、今、ホームページを更新している。あー、眠い。

9月11日(月)「トルネード、停電、結石・・・の風さん」
 台風と秋雨前線の相乗効果で、当地は記録的な豪雨となった。
 公共の交通機関がストップしたため、マイカーだけが頼りとなった。駅で往生した知人のHELPCALLに応えて退社したのだが、外はどしゃ降り。傘をさしていても、膝から下がびしょびしょである。大渋滞している駅周辺で知人をピックアップし、帰宅の途についたが、スコールのような雨できわめて視界が悪く、びくびくしながらの運転だった。途中、あふれた川の水が濁流となって道路を横切っていて、車高の低いセダンなどはヘッドランプも水没するほどだった。
 帰宅すると、夕方6時頃に同じ町内で竜巻があって、ワゴン車が横転したり、窓ガラスが割れたり、屋根がわらが飛んだりして、けが人も出ていた。その直後に停電となり、約2時間ほど、ろうそくの火で明かりをとっていたそうだ。しかし、テーブルの上に乗っていたのは、結婚式のときのメモリアルキャンドルで、当然先端部分が溶けていた。おいおい。感激の結婚披露宴では永遠の愛を近いながら点火したんだよなあ。ぐすん。
 家族は停電でも元気だったらしいが、うちの馬鹿猫シルバーは、持病の結石が発病したらしく、おしっこが出ないため、あちこちに点々と洩らしている。病院からは酸性のキャットフードをもらっていて、それが予防薬なのだが、ときどき石ができてつまると、おしっこが出なくなり、赤ん坊かボケ老人のような状態になってしまう。かと言って、尻尾のある猫のおしりを被うおむつがないので、洩らした後をティッシュで拭きつつ、早く石が出ることを祈るしかない。こんなときに・・・。

9月12日(火)「勤務地、水に閉ざされる・・・の風さん」
 間断なく降り続ける雨のために、昨夜からいたるところで川が氾濫したようだ。何年か前にもあったのだが、勤務地の周辺が冠水のために通行止めとなり、進入路が限られて大渋滞となった。本当に交差点や道路が水没し巨大な池や川になっているのだ(伊勢湾台風の時はかくありなん、と想像された)。しかも、昨夜無理して通行しようとした車の一部が動かなくなって、放置されているため、これも渋滞を助長していた。中には、窓が開いていて泥だらけになった内部が見える車もあった。水没した車も何台も見た。また、皆が携帯電話を一斉に使用するため、つながりにくい状態で、なかなか職場に連絡もできなかった。結局、出勤に3時間もかかってしまった。
 オフィス内も閑散としており、私より遅く出社してくる者もいた。最終的に出社率は50%以下だったと思う。・・・ところが、驚くべきことに、出社したと見た人間の中に、実は夕べ帰られなくなって、会社で夜を明かした者がいた。また、夕べ退社したが、途中で電車が止まったため、今朝まで電車内にいて、そのまま出社・・・じゃなくて念願の帰宅を果たした者もいたそうな。あっという間に昼食の時間になってしまったぞ。
 日中の雨は小降りだったが、通行止めはほとんど解消しなかった。早めに退社し、大きく迂回しながら帰宅した。名古屋の1日の降雨量は、年間降雨量の3分の1だったそうで、これは新記録。しかし、土砂崩れで亡くなった人もいたそうだ。自然災害は恐ろしい。
 帰宅したら、シルバーがかごの中で大しょんべんをたれたそうで、どうやら結石を排出したらしい。これで、しばらく大丈夫かも。やれやれ。
 夜空を見上げても中秋の名月は見えぬ。

9月13日(水)「今朝も通勤に2時間半だぜ・・・の風さん」
 いつも利用している有料道路が今朝も全面通行止めだったことと、昨日は出勤を見合わせた人々が一斉に活動を開始したせいか車の量が多く、結局、今朝も2時間半かかってしまいました。もうヘトヘト。
 その関連のメールが来てました。ローカルな知人(材木屋のぼんぼん)からです。

こんばんは。しみずでございます。

鳴海さん宅の付近は、どうやら大変だったみたいですね。
竜巻やらがご町内にやってきたとか・・・・・

わたしは、昨日(9/11)、電車で帰れず、社有車を使い、なんとか自宅までがんばろうと思い、
大雨の中、川のような道路に立ち向かいなんとか、大高付近までやってきたのですが・・・・・
道が封鎖されて、その後はもう何をやってもうまくいかず、
こっちの道へいけばRV車がほとんど浸かってしまっていて
あっちの道へいけば、前は土砂が崩れており
『八方ふさがり』とはこのことか・・・。と関心するわけもなく
とうとう、諦めて会社に戻って夜を過ごしました。

どうにもなりませんね。

p.s
私の家は、大雨の被害をあまり受けず大丈夫でした。

 公共の交通機関がマヒして、マイカーで右往左往する人々は多かったようですが、意外と交通事故は少なかったみたいです。パニック状態とは言え、困ったときは結構譲り合いながら走るみたいです。
 当地へは招かれざる客の竜巻がやってきましたが、「風が吹けば桶屋がもうかる」式に、材木屋ももうかることはあるのかしらん。
 帰宅したら、結石のシルバーの調子が依然として悪く、今日は血尿が頻繁に出たので、獣医へ連れていき、止血剤やら抗生物質やら注射されて帰ってきていました。獣医へ行った後のいつもの後遺症で、顔つきが鋭くなっていました。・・・私が遅い夕食をとっている横で、血の小便をぽたりぽたりと垂らしていました。

9月14日(木)「こんなに元気ということは、そろそろ危ない?・・・の風さん」
 夕べは1時半までパソコンに向かい、初校ゲラで直した分、元の原稿を修正した。ほぼ半分終了した。
 今朝は5時半に起きて(ということは睡眠4時間ですな)、早めに早朝ミーティングに出発した。昨夜帰宅時に道路状況を確認しておいたので、ほぼ通常ルートをとった。ただ渋滞だけが心配だった。幸い、早く出発したのが良かったらしく、やや車は多かったが、8時のミーティングには楽勝で間に合った。午前中は休みなく働き、昼食後はマイカーで出張した(往復40km以上)。定時後は送別会で、これが終わったのが9時半である。
 ぺのぺの日記の月川先生から大雨と結石見舞いのメールが届いた。

鳴海 風さま。

 そちらはひどいことになってたようですね。うちのほうも
かなり降りましたが公共交通機関が多少死んだくらいで、
道路のほうは大丈夫でした。とにかくご自宅に被害がなくてよかった。

 シルバーくんも早くよくなりますように。

ではまた。


                     月川影春 拝


 お陰さまで、シルバーの血尿も快方に向かっていて、あとトイレの手前でしゃがんでしまう癖が直れば、完治といっていいでしょう。ところで、月川医院に病気のペットを持ち込むようなあわて者なんかいないのでしょうかね。「人間を診れるのだから、人間より下等な動物の病気ぐらい直せるだろう!」とか言ってねえ。

 キャノンの涌井さんからも犬党、猫党のメールが来てましたぞ。

風さん

涌井です。
忠臣蔵の大石。彼に関する意外なエピソードがあります。
妻との離縁に際して、大好きな祭り見物をさせているのです。
当時の旅は困難だったと想像されます。
私はこんなところにぐぐっ、とくる性質です。
つまり、等身大の歴史小説に魅せられるのです。
…ということで、「算聖伝」を待ちかねております。
10月の新聞には広告が載るの?!!

 話は代わって…。テレビゲームにはまる息子を異常視しています。
しかし、私もはまってきそうだ。
風さんは猫党のように思うが、私は犬党です。
実家の愛犬がかわいい。これをエッセイにして投稿する。
次に、田舎の桜。これが美しい。
調べたら、桜百選の一つだ。これもエッセイにした。近々投稿したい。

 「等身大の小説」というのは、言い換えると「人間が描けている」ということでしょう。時代や空間を超えて、人間の本質を描けば、読者は納得したり、感動したりしてくれます。上の例は「夫婦愛」のひとつの姿ですね。私の「円周率を計算した男」の中で、関孝和の書斎に梅に似た花が生けてあった、という描写がありますが、これは関夫婦の関係を描写したものです。膨大な数学書に囲まれた関孝和の部屋に、そこだけ異質な物体を配置しました。これは、明らかに孝和自身が生けたものではなく、妻女が殺風景な研究室にやすらぎの空間を作ったものです。梅に似た花とは、作者は蝋梅(ろうばい)を想定していて、可憐な花びらだけでなく、馥郁(ふくいく)とした香りも漂わせています。
 それから、私は猫党です。猫と会話できるのが特技ですか。

9月15日(金)「傘を買ったら雨上がる・・・の風さん」
 夕べは2時に寝て、今朝は6時起床。二日連続の睡眠時間「4時間」である。
 夕べも初校ゲラに手を入れた分をパソコンに入力したのだが、全体の7割までしか行かなかった。残りは福島から帰ってきてからだな・・・と言いつつ、そんな時間がないのは百も承知、千も合点している。
 6時51分の電車で最寄の駅から出発。2度乗り換えて、東京へ着いたのは11時過ぎである。途中静岡のあたりは晴天で、富士山が半分見えた。東京へ着いてすぐ八重洲ブックセンターへ直行したが、歴史書コーナーは棚の整理の真っ最中で、お目当ての本は見つからなかった。時代小説コーナーに『円周率を計算した男』が売れ残っていた。数学書コーナーのは売れていて見当たらなかった。結局、文庫を2冊購入して店を出た。
 しばらく待って、コインロッカーに荷物を預けてからJRで新宿へ向かった。そこで、軽く昼食を摂ってから、JRで高田馬場へ、地下鉄に乗り換えて早稲田で下車。ちょうど穴八幡神社の祭礼で、子供たちが神輿を引いていて下町情緒を味わった。しかし、かなり蒸し暑くて閉口する。以前来た時のメモを見ながら、関孝和の墓がある浄輪寺へ向かったのだが、どうも違っている気がした。地元の人とおぼしき人をつかまえて尋ねると、だいぶ遠回りになるが分かりやすい道を教えてくれた。
 確かに遠かった。今日はデイバッグを背負っているので両手は空いていて楽なのだが、足が痛くなるし、背中は汗でびっしょりである。外苑通りを北上していたら、「東京都史跡 関孝和の墓」「日蓮宗 浄輪寺」という表示が右手に見えた。短い坂をのぼった正面が浄輪寺である。2度目なのだが、前の記憶はほとんどない。10年近い昔のことかもしれない。案内板に従って行くと、すぐ関孝和の墓の前に出た。ここまでで、Tシャツに浮かぶほどの大汗である。直立姿勢で『算聖伝 関孝和の生涯』の経過報告をし、手を合わせてから、また来ますと約束して浄輪寺を後にした。次回はお墓だけでなく、お寺の住職に面会して著書を渡さねばなるまい。・・・と言うことは、調布のサレジオ神学院へも行く必要があるということだ。風さんはまだまだ忙しいぜ。
 地下鉄の早稲田駅までテクテク歩いて(途中に漱石公園があり、何となく思い出したぞ)、新宿から小田急線で代々木八幡へ向かった。電車が駅から出ると、外は雨である。次第に降りが強くなってきてヤバイなと思っていたら、到着時には土砂降りである。しばらく喫茶店で小降りになるのを待とうかと思いつつ、駅の横の売店を覗いたら、傘を売っていたので、迷わず購入した(千円)。これで安心、と外へ出たら、何と雨がほとんど上がっている。わずかな時間の雨だったようだ。やれやれ。
 すぐ目の前に、野村敏雄先生がみえたので、ほとんど降っていないにもかかわらず、傘をさしかけて並んで歩きながら代々木八幡へ着いた。
 勉強会では3本の朗読があり、地震の新島から避難して来ている小山さんも出席して作品を朗読した。タイトルは『ゆれる島』だった。他人の作品を聞きながら、どう直したら良くなるか考えるのが勉強である。今日は、それをしながら、自分の長編を改善する重要なヒントをつかんだ。来週の最終ゲラ修正に反映するつもりだ。
 今日は、2次会を遠慮して、そのまま東京駅へ向かい、東北新幹線で郡山へ向かった。車中で疲労が出た。
 実家は福島民報という地方紙を購読しているのだが、連載小説(火坂雅志作)『黒衣の宰相』の挿絵を書いているのが、西のぼるさんである。その西のぼるさんは、『円周率を計算した男』の装丁をしていただいた。私自身も気に入っているのはもちろん、とても素晴らしいデザインで好評だった。今回の長編も西のぼるさんに出版社から依頼が行っていて、どんな装丁になるのか、今からとても楽しみである。

9月16日(土)「シドニー・オリンピックの日だぜ・・・の風さん」
 昨夜は、さすがに疲れていて12時半に就寝した。で、今朝は10時10分起床である。よく寝たわい。
 ブランチ後に明日乗って帰る親父の車を清掃した。雑多な品々を出して、まるで濁流に呑まれた後のような室内を掃除機を使って掃除したのだが、あまりきれいにならない。ガソリンスタンドへ行き、洗車し、タイヤの空気圧の補充もした。そこでもコイン掃除機を使用して掃除してみたのだが、パワーが全然不足していてきれいにならなかった。予備のスタッドレスタイヤも4本積んで、明日の準備を完了した・・・が、実はエンジンオイルとかバッテリ、ラジエータの点検をするのを忘れた。明朝やることにする。
 郊外大規模小売店・・・早い話がジャスコへ行き、お土産も買ってきた。
 夕方から、テレビの前にどっかと座り、シドニー・オリンピックやら相撲を鑑賞した。もともとスポーツ観戦は大好きで、野球、ゴルフ、テニスからボクシング、マラソン、カーレースに到るまで、何でも夢中で観戦したものだ。就職してからは、時間的余裕がなくなり、余暇はすべて家族サービスと作家活動に当てているため、趣味にまわす時間はほとんどなく、結果としてテレビ鑑賞を断念している。
 久々のオリンピックであり、こんなにしっかり見たのは就職して初めてかもしれない。先ず、女子400m個人メドレー銀メダルの田島寧子選手の明るいインタビューに惹きつけられた。続いて、ヤワラちゃんこと田村亮子選手の悲願の金メダル感謝インタビュー。また、2回連続金メダルとなった60kg級中村忠宏選手の精悍な印象インタビューなど、見事な試合ぶりだけでなく、人柄がもろに出るインタビューに強い印象を受け感動した。他の選手もそうだが、これまでの練習の成果を大舞台でも存分に発揮できる選手が増えたことに感銘した。大昔は「日本のため」と言って緊張しすぎていた。ついこの間までは「楽しめればいい」と言って、力が抜けすぎていた感があった。その点、今回は、リラックスしつつ、普通ならプレッシャーになるような大声援を、自分の力に変換する能力をつけているらしい、したたかさというか、ある意味でプロらしい力強さを感じた。
 表彰台の上で喜ぶ選手を見ているだけで、こちらもうれしくなるし元気づけられる。あの喜びが何となく分かるだけに、自分も自分の道で思う存分チャレンジしていこうと思った。来週は長編最後のリファインである。修正すれば、また出来が良くなることが分かるだけに、今からワクワクしている。

9月17日(日)「591.5km走破・・・の風さん」
 昨夜は就寝前に浅田次郎の『鉄道員(ぽっぽや)』を読んだせいか、やけに神経がたかぶって、私にしては珍しくぐっすり眠れなかった。今朝も5時頃から目が覚めて困った。
 結局、7時に起床し、8時には実家を出発できた。起きてからストレッチしたので、体調は良かった。那須を過ぎる頃から猛烈な雨になった。これは台風17号の影響で、先日の豪雨を思い出すようなひどさだった。親父のコルサは、ほとんどオプションがついていないので、こういうときは不便を感じる。たとえば、リアワイパーがない。パワーウィンドウがない。数え上げれば、あれもこれもない。FMラジオ、カセットステレオ、オーバートップ・ギヤ、フォグランプ、間欠ワイパー、時計、タコメーター・・・etc. もういい加減にせえ! しかし、1300cc、16valve EFI 付きのエンジンは結構走る。平成5年式だが、まだ2万キロしか走っていないし・・・。
 東北道の休憩所で調べてみると、今日は首都高速がすいていることが分かったので、ナビはついていないが、首都高速を走ることに決めた。さすがに両国付近の2車線から1車線になるところは、少し渋滞していたが、順調に首都高速をクリアし、12時には東名にのることができた。その後も順調で、降雨もものともせず、シドニーオリンピック野球予選「日本対アメリカ」の試合をニッポン放送で聞きながら、1〜2時間に1度はピットインしつつ快調に走った。岡崎ICを出たのは、午後4時少し前だった。
 疲労感もほとんどなく、自宅に着いたのは、午後5時10分ころ。今朝0にしたトリップカウンターは591.5kmを示していた。我ながら、本当にドライブ好きだなあ、と実感した。それから、意外と楽に乗れたので、このコルサは車検を受け、いつ壊れるか分からないエスティマを廃車にして、しばらくコルサで会社に通うことにしよう、と実は真剣に考えている。鳴海風さんにしてはセコイ車に乗っていると思われるかもしれないが、予定より早い出費にはやはり慎重にならざるを得ない。
 サッカー予選で、日本がスロバキアに買ったので驚いた。というより、終始押し気味でゲームを進めていたので感心した。

9月18日(月)「中ゴキ現わる・・・の風さん」
 今日のタイトルを何にしようかと思案していたら、デスクトップ・モニター横のファイル・ケースから中ゴキが顔をのぞかせた。びっくらこいたおいらは、急いでゴキジェットを取ってきて、シュパッとやった。ちくしょう。どうしてこう次々に出現するのだろう。猛暑の夏はことのほか多く発生するのかなあ。まったく落ち着いて小説なんか書いていられないぜ。よし。明日はアースレッドたいてやろう。洒落じゃないよ。
 昨夜は、就寝前にパソコンで原稿の修正を試みたが、たくさん残っていて、完了しなかった。読書もしたかったけれど、今朝が早いので、0時過ぎに就寝した。ぐったりと寝入った。それで、今朝は6時に起床。久々に出勤したような気がする。色々仕事がたまっていたが、中年ペースで片付けた。
 ガソリンスタンドに寄ってから帰宅すると、昨日はいたぴょん吉が今日は見当たらなかった。カエルではだめだが、蛇でも家内で飼えばゴキを退治してくれるかなあ。いけね、またゴキの話題だ。

9月19日(火)「再校ゲラが届いた・・・の風さん」
 今日はゴキが出る前にタイトルを書いたので、ゴキは出ないだろう、と言いつつ、横にゴキジェットは置いてあるぜ。
 今朝は6時少し前に起きて、親父のコルサで出勤した。通勤での利用価値を確認するためである。高速でのクルージングは騒音だけが問題で、動力性能は申し分なしだった。さて、一般道しかも朝晩の通勤時間帯はどうかということである。発進の加速性能はモタモタしていて多少不満ではあるが、50km/時あたりからの加速は抜群によろしい。オーバードライブがないせいかもしれない。コンパクトカーの割に操舵感ももっさりしている。これはステアリング比が大きいためで、土曜日に運転したおふくろのセリカとはえらい違い。向こうはくいっ、くいっとハンドルが切れて、ノーズが面白いように振れる。ライトも、まずまず明るくて、夜間走行も問題なしだった。従って、結論としては、親父のコルサを車検を受けてマイカーとし、壊れかけているエスティマを早めに廃車にすることに決めた。ふうーっ。
 帰宅すると、ぴょん吉が定位置(ドアインターフォンの上のトールペインティングのあひるの上)にいて出迎えてくれた。門灯の明かりに誘われてくる虫を、そのまま捕らえて食おうという横着な姿勢である。
 予定通り再校ゲラが届いていた。気になっている部分を徹底して修正するつもりだ。

9月20日(水)「ぴょん吉、いい所にいるぜ・・・の風さん」
 昨夜は、問題点を絞って再校ゲラにアタックした。確かに問題のある内容だった。が、解決策がすぐに思い浮かばない。ワイフに相談したいのだが、あいつさぼっていて、読んでいないのだ。プンプンしながら、ストレッチで筋を伸ばして寝た。
 今朝は鞍上(あんじょう)の発想にトライと洒落て、出勤途上の車のあれこれと想を練った。確かに、運転中は瞑想するのに向いている(おっと、危険なことはありませんよ。ちゃんと前を向いて運転していますから。もち、両目も開いてますって)。あれこれとアイデアが浮かんでくる。とにかく通勤時間の長い人なので、鞄からメモを取り出して書いておいた。今夜、それらを睨みながら再挑戦するつもり。
 帰宅したら、インターフォンの近くにぴょん吉が見えなかった。「ただいま〜。ぴょん吉、いないぜ」と帰宅のあいさつをすると、「門灯の上にいるのよ」と女房殿。再び玄関に出て、よく見ると、高い所にある門灯にへばりついている。「ここなら口開けてるだけで餌(虫)が飛び込んで来るよなあ」「人間より賢いわね」
 前半押されっぱなしだったサッカー、ブラジル戦。後半は、結構善戦していて、すごいと思った。結局0対1で敗れたけど、スロバキアが南アフリカに2ー1で勝ったので、日本の決勝リーグ進出が決まった。おめでとう。先週の豪雨の翌朝のように、帰宅時、社内に人気がなくなっていた。

9月21日(木)「浅田次郎さんのテクニックとは・・・の風さん」
 昨夜は更新を終えて、「さあ、やるぞ。その前にちょっと体を休めて・・・」と思ったのが運の尽き。今朝の5時までソファーで寝てしもうたわい。それからシャワーを浴びて、ゲラに向かうより、他人の作品に学んでみようと『鉄道員(ぽっぽや)』を取り上げ、その中の「ラブレター」を読んでみた。泣かせの浅田さんなので、どういうテクニックが使ってあるか、注意深く分析しながら読んでみた。人物の設定から場面の展開まで泣きへの導入が巧みに配置されていて、うまいと思った。
 どういうことかと言うと、先ず主人公の設定ですね。40歳直前くらいの風俗関連で定職のない男という、不安定な暮らしにそろそろ目が覚めかかる人物。田舎から東京へ出てきて、一度も帰っていないが、故郷には身内がいる。色々な人生を見てきて、他人の気持ちや痛みがようやく分かる年ごろに、学習でなく、体験でなってきている。それを際立たせるのが、親子ほども年の違う暴走族あがりの弟分の言動だ。若くて元気で無鉄砲な姿は、かつての主人公の姿かもしれない。この取り合わせのために、読者は常識的で情緒的な主人公の感情の揺れに、一も二もなく同調してしまう。そして、ヒロインである。中国から不法入国してきた美人女性は、シンジケートの人身売買ルートにのって、リゾート地で体を売りながら、稼いだ金を国の家族へ仕送りしていたという設定だ。現代なら、まともな設定では、純真で悲劇的な女性など容易に描くことができないが、これなら(フィリピーナでもいいが)誰も彼もこういったヒロインに簡単に同情してしまうだろう。おまけに、たどたどしい日本語や、どんな境遇でも中国よりましだったらしい言動が、余計同情を呼ぶ。最初から仕組まれた設定で、コロリと騙された読者に対して、次から次へと期待通りの悲しいヒロインの言動が繰り出され、それにのめり込むようにはまっていく主人公を描き出すことにより、読者もつい一緒になって同じ感情を、心地よく共有してしまうのだ。最後は死んだ女のお骨を抱いて故郷へ帰ろうという、誰にでもある望郷の念まで揺さぶってくれるのだ。
 現代という難しい時代の中で、涙を誘うにふさわしい人物設定と、誰の心にもある願望や郷愁といったものを実現して疑似体験させるテクニックと言えよう。

9月22日(金)「昨夜の疲れか?・・・の風さん」
 やっとワイフが原稿の後半を読んでくれたので、3つの課題のうちの2つについて議論できるようになった。昨夜はその議論(討論じゃないよ)を12時までやって、さまざまの検討を加えつつ、また新たな問題点が発見されるという恐ろしく収穫のある夜だった。すべてが解決したわけではないが、日曜日の昼までに宅急便で出せればいいので、何とかなるだろう、とワインを飲んで寝た。その間に自室にゴキ・アースによる噴霧駆除を仕掛けた。ゴキのやつらめ、目にもの見せてくれようぞ。
 で、今朝は6時起きで(つまり睡眠時間は5時間弱ですな)、朝もはよから出社である。例によって、鞍上で揺られていると、あれこれとアイデアが浮かんできたので、とりあえずメモしておいた。会社ではろくに仕事もしなかったが、昨夜来の疲労のツケが回ってきて、ひどく疲れを感じるようになった。
 早々と帰宅し、3つの課題のうちのひとつ(夕べ議論しなかった数学に関する部分)を先に片付けるべく、自室に入ったが、夕べの戦果はゼロであった。つまり、せっかくのゴキ・アースにもかかわらず一匹もくたばっている様子はなかった。これまでにも噴霧攻撃は何度かトライしているが、一度も戦果が上がった試しがない。やはり、ゴキは普段は安全な外にいて、人を驚かすときだけ侵入してくるのだろうか。外にいるにしても、ぴょん吉はちびだから、あいつに食わせるのは無理だわなあ。
 とにかく、課題ひとつを何とか終了させたので、こうしてホームページを更新している。今夜は、少し本を読んで早めに寝ることにしよう。

9月23日(土)「最終コーナーを回り出したぜ・・・の風さん」
 今朝は10時起床。いよいよ最後の課題をクリアする日だ。
 ここで課題の詳しい説明をしている余裕はないので、どうして課題となったかについてだけ、話しておこう。それは女性心理の問題である。編集長とも何度か議論した点ではあるが、「奥さんに尋ねてみたら?」というのが、編集長のアドバイスでもあった。なかなか多忙なワイフは読んでくれなかったのだが、ようやく読んでもらい、質問してみると、「私にはそんなことできない」のひと言で、設定再構築となったわけである。おまけに、状況設定の矛盾まで露出して、少し厄介となった。
 こういうときの作者というか私の心理状態について打ち明けると、「気分は最高!」である。もともと、人間心理について考えるのは好き、というのもあるが、第一に事前に問題点がはっきりしたこと、第二に直せばよくなるのは目に見えているので、結果として「作品がますますよくなる」から、うれしくて仕方ないのである。残り時間が短いという焦りはなかった。「絶対できる」という自信があるからだ。最初のプロットやテーマ設定の段階とは違う。既に技術・技能を駆使するだけの段階に入っているからだ。
 午後2時まであれこれ考えてから、修正案をワイフに提示して「それならいいんじゃない。でも、ずいぶん直すことになるわね」で、決定。それから即手直しに入った。
 ゲラに赤のボールペンで書き込みが終了したのが、午前2時である。

9月24日(日)「高橋選手、感動をありがとう・・・の風さん」
 課題の修正がほぼ終了したので、それからシャワーを浴びて、最後に残った機械的な作業に着手した。
 今回の再校ゲラの修正は、先ず大きな課題から取り組んできたので、全体的な見直しはほとんどできていない。それで、最初に開始したのは、前回の初校ゲラで訂正指示した部分がちゃんと直っているかの点検である。700枚の原稿を全部読み返す余裕などないからである。これをやるだけでも結構な手間である。そうしたら、案の定、修正ミスが数カ所発見できた。文章が前後入れ替わっているという、大きなミスで、点検して良かったというか、冷や汗が出たぜ。それと、今回の修正分をパソコン内の原稿に反映しておくことである。まさか全部ハードコピーとるだけの無駄はできない。どうせ最後は直すわけだし、パソコンに打ち込んでいると、また新たなミスに気づいたりするからである。今回は、単語の不統一をいくつか発見した。こういう時はワードの検索機能が役に立つ。類似のミスをどんどん発見できるからだ。・・・でも、結構手間取る。
 こういった作業は5時間くらいで終了するかと踏んでいたのだが、朝の7時になっても終わらなかった。結局空腹になったので朝食後に再開することにした。すると、シドニーオリンピック女子マラソンが既にスタートしていることが分かった(7時スタートだった)。テレビをつけて、中継を見ながら食事をし、パソコンを茶の間へ持ってきて、作業の続きも中継を見ながらした。35km地点を過ぎてからは、気になって、作業を中断して、高橋尚子選手を応援することにした。
 実力のある選手が本番で100%実力を発揮するというのは、すごいことだと思う。柔道の田村亮子選手もそうだが、常識的にはプレッシャーになりそうなことが(たとえば周囲の応援)、彼女らにとっては優勝への力になってしまうのだ。体を使ってすることだから、精神的なものが肉体の能力の発揮に大きな影響を与えるのだろう。彼女らはそういったものをすべて筋力のアップや緊張緩和に役立ててしまうようだ。
 そうは言っても、根底には実力がなければならないのであって、3流選手が周囲の応援だけで1流の活躍をするなんてことは、フィクションの世界だけだろう。
 というわけで、高橋選手の金メダル・ゴールでたっぷり感動させてもらって(最近はテレビを見る時間がないが、子どもの頃からこういうシーンをずいぶん見て勇気と力を授かった気がする)、再び自分の作業に復帰した。
 最後は、2階のパソコンへ向かい、編集長への手紙を書いて、11時に、予定通りコンビニへ宅急便を頼みに行った。
 約10カ月に及んだ初長編執筆は、これで終了した。あとは10月末の刊行を待つばかり。
 昼食を食べ、4時まで仮眠を取った。目が覚めてからも、放心状態が続き、何も手がつかなかった。

9月25日(月)「まだまだ楽しめるぜ・・・の風さん」
 放心状態から一夜明けて顔を洗っていたら、突如として「新たな修正個所」が頭に浮かんだ。絶対直すべき重要な部分なので、直すに決まっているのだが、今日宅急便が届けばそれで終了の可能性もあり、いかに早く出版社に連絡すべきかで迷った。FAXを入れておくしかない、と判断したが、これから早朝ミーティングのために出社しなければならないのだ。さんざん迷ったあげく、ノートパソコン持参で出社した。
 出社と同時に上司にミーティング遅刻の許可を得て、すぐ原稿の修正をした。そして、FAXソフトを立ち上げて携帯電話と接続。送付状に修正の趣旨と修正原稿を貼りつけて送信。ところが、自席の付近は電波状態が悪く、送信不可だった。ところが、このFAXソフトは優れもので、9600bpsがダメと判断するや7200bpsに転送レートを落として再トライするのである。それで、見事に送信できた。
 午前中、製作所へ出張し、帰社後に編集長へ携帯電話から電話してみると、私の修正はほぼOKであるが、編集長も色々と気になる部分が出てきたと言う。少し話したが、じっくり検討する必要があるとお互いに理解し、結局明日上京して相談することとなった。私はすぐにばたばたとスケジュール調整をし、明日の午後を有休とすることにした。遅くも4時までには出版社へ到着できるだろう。
 再打ち合わせはお金も時間もかかるものだが、私はうれしい。なぜなら、一昨日も書いたと思うが、直せば直すだけ作品の質が良くなることが分かっているからである(それだけまだ未完成とも言えるが)。

9月26日(火)「風さんの長い一日の巻」
 午前中、密度の高い仕事をし、昼食を終えてすぐ退社。JRで名古屋駅へ出、安売りチケットを購入して13時5分発の「ひかり」に飛び乗った。早速、出版社へ電話し、3時半頃到着の見込みと連絡を入れた。一息入れて車窓から外を眺めると、秋らしいさわやかな空が広がっている。充実した人生を過ごしている幸せを感じた。
 夕べも、編集長の指摘に少しでも答えておくため、パソコンの検索機能を駆使しながら、当該個所をさがし、修正メモを作成した。確定部分については、例によってパソコンと携帯電話でFAXを入れておいた。
 残された懸案事項の中にキリシタンに関するものがあるため、持参したキリシタン小百科辞典を読み始めた。飛ばし読みだが、知らなかった事実が色々出てきた。電子辞書「広辞苑」なども引きながら確認した。静岡を過ぎてから曇りがちの空となり、富士山は拝めなかった。あっと言う間に1時間半が経過し、疲れたので少し寝た。目覚めたら、もう東京だった。
 JRに乗り換えて、出版社に着いたのが予定通り3時半だった。すぐ喫茶店へ移動して、相談開始。昨夜検討しておいたので、その部分はどんどん進んだ。ところが、編集長は、今回は校正者の目でゲラをチェックしており、疑問の個所を次々に指摘するのだ。信じられないことに、漢字や文法の間違い、固有名詞のミス、年号のミスなどぞろぞろ出てくるのである。恥ずかしい。即答できないものは、電子辞書「広辞苑」を引いたり、持参したパソコンを立ち上げて原文を確認してからよく考えて回答した。それでも、判断できずに回答できない項目が5つぐらい残ってしまった。宿題は明日の昼までに回答する約束をした。その中には、オランダ語のアルファベットの発音の仕方というのもあった。正直言ってどうやって調べたらいいか不安だった。最後に今度の本の価格の話になり、初版の印刷部数によって1900円か2000円になるとのことだった。部数が少ない場合は2000円である。私は「2000円ではかえって売れなくなる」と製造メーカーに勤める社員らしい発言をした。
 打ち合わせを終了したのが7時である。会社でも3時間半の会議などめったにないが、充実した時間だった。とにかく、努力した結果として、かなり中身の濃い作品ができたことを編集長と確認し合い喜んだ。
 7時38分発の「ひかり」で名古屋へ向かった。宿題をやることはできないので、『鉄道員(ぽっぽや)』の中の短編を2本読んだ。「角筈にて」はセンチメンタルな話だった。文章力ではかなわないが、作品の内容なら、今度の私の長編の方が上だ中身が濃い、とうぬぼれた。
 帰宅したのは10時半である。簡単に夕食をとり、さっそく宿題に取りかかった。オランダ語のアルファベットの読み方も参考文献の中で発見した。当然江戸時代の資料である。12時ごろには、あとがきの修正案も含めてほぼ完成した。そこでシャワーを浴びてきてから、ノートパソコンと携帯電話で出版社へFAXした。

9月27日(水)「10カ月の執筆が事実上終了した・・・の風さん」
 昼に出版社へ電話して、昨夜FAXした回答について了解を得た。あとは編集長に最終の念校をお願いするので、10カ月に及んだ私の執筆は、これで事実上終了した。店頭に並ぶのは10月25日ごろとのことである。
 私は、再び本の価格について蒸し返した。「1900円なら消費税がついても2000円出してお釣りがきます。しかし、2000円なら、千円札を2枚出してからさらに小銭を100円出さなければならない。2000円では売れないから、1900円にしてほしい。著者として200部は自分で購入する。足りないなら300部購入してもよい。だから初版部数を増やして1900円にしてほしい」と訴えた。編集長は努力すると言ってくれた。むむ。涙ぐましい努力じゃのう。
 午後もばたばた仕事して(本当に息つく間もないぜ)、まだやることは山のように残っていたが、6時に退社。これまでなかなか時間がとれなかった床屋へ行った。とりあえずカット。ひゃあ、すっきりしたぜ。頭は軽くなったが、これまで多忙で手がつけられなかったことを少しずつ片付けていかねば・・・。

9月28日(木)「ま、普通の会社生活です・・・の風さん」
 気になる案件があって、午後、単身T社へ出張した。世界的にも巨大なカンパニー、うちにとっては、お客様、カスタマーである。気にしている案件とは、詳細はトップシークレットなので説明できないが、私が会社としての判断をして(想定してかな?)、トップへ提案するための情報収集である。技術屋どうしの会話となるので、妙なかけひきは不可能である。基本的に事実とデータに基づいて意見が交換される。私はほぼ正確な情報が入手できたと判断したので、自分の案を作ってトップへ具申する、と約束して帰ってきた。実際、案を作るには経営者としての視点も必要となるので、なかなか難しいが、これは私以外にできることではない。
 会社では、昇格前の研修と称して、さまざまの段階で発表の機会がある。係長格昇格前研修を受ける部下がいて、今日がその前夜となった。これまで何度かアドバイスをしてきたが、定時後に発表リハーサルをさせてみると、出来はまだまだだった。残り時間とも相談しながら、何とか良い発表になるように、皆でサポートすることになる。彼の上司も別件で手がはなせず、基本的なシナリオのリファインは、私の責任となった。作家としての能力もフル動員して当たるのだけど、いかんせん、力不足、あとは清書だけ、となったのは午前0時であった。ここで、老体の私は退社させてもらったが、5人がかりの清書(パワーポイントで作成)は午前4時頃までかかったらしい。
 帰宅して寝たのが午前2時である。知らない間に、涌井さんから「目出度い」と題したメールが届いていた。

 風さん

ついに、ついに完成ですね。
ご苦労様でした。そして、おめでとうございます。

編集長とのやりとりのくだり。
高々数枚の文章だって、論理的な矛盾や、不統一な箇所があります。
これを矛盾なく修正する作業は骨のおれるものです。
いわんや、長編小説の場合、想像を絶するものがあろうか、と思います。
いやー、凄い。2000円だって、俺は買うよ!

 ありがとうございます。短編とは違った読後感が得られることを期待します。

9月29日(金)「ま、普通の会社生活です・・・の風さん(Part2)」
 6時に起床したので、睡眠時間は4時間ですね。全く執筆してなくても、これだもんね。8時からの会議に出席して、その後2つくらいの打ち合わせをこなしてから、午後、豊橋の某社へ出張する予定だったが、急きょスケジュール大変更。某仕入れ先で品質問題があり、その対策に協力してくれという指示が下ったのである。9時過ぎから状況説明を聞き、1日のスケジュールをすべて変更するとともに、新たな出張メンバーを構成した。ことがことだけに、私も行くことにした。
 11時に社有車で4人で出発した。東の豊橋出張は、直前で北の小牧出張となった。実は、豊橋の出張は前回豪雨のために流れていたので、これで流れ2本場となった。途中、高速のパーキングエリアで昼食をとり、午後一番で先方へ到着したが、品質問題のため緊迫した空気が充満していた。担当者は3日間で5時間しか寝ていないと洩らしていた。
 5時半まで目一杯仕事して(中身は企業秘密なのでパスね)、帰社後上司へ簡単に報告した。
 それから、退社して、中古車屋へ行き、親父の車の車検と名義変更、そしてマイカーの廃車手続きなどについて相談し、ついでに帰宅途中で久しぶりにレンタルビデオを2個借りて、帰宅したのが10時半だった。
 うちへ着くなり、ワイフから「今日とても恐ろしいことがあったのよ」と言われたので、「何だい? ドラキュラが狼男の散歩ついでにうちへ寄り、トイレ貸してくれとでも言われたのかい?」と言うと、「夕食の真っ最中に黒くて大きなゴキがブーンと飛んできて、私の手の甲に止まったのよ!」。「ずいぶん、ゴキに好かれたもんだね」と平静を装ったが、いよいよ我が家はゴキに占領されかかっているようだ。
 もうへとへとバテバテだったので、晩飯食って寝てしもうたわい。

9月30日(土)「久々のワイフとデート・・・の風さん」
 執筆も一段落したことだし、部屋の片付けやら手紙書き、メール出しなど色々できるなあ、と元気に8時に起床した。・・・と、ところが、「明日は子供の運動会で、あなたも選手として出るのだから、よろしくね」と早速、日曜日をリーチで押さえられた。さらに、「今日は、かわら美術館に連れていってくれるという約束だったわね」と今日一日も既に振り込んでいたことが判明した。今までのツケが一気に回ってきているぞ、これは。
 ということで、朝食もそこそこに、高浜市にあるかわら美術館へ行くことになった。
 かわらとは瓦のことである。高浜市は焼き物が特産である。ちょうどお城で使われた瓦の展示がされていた。美術館は近代的で立派な建物である。現代の瓦と違い、幾何学形状あるいはシンメトリックな物ではなく、いかにも手作りっぽい、人の手を感じる。それでも、大量に生産したわけだから、型は存在したはずだ。
 隣接する公園を散策した後、美術館内にあるフランス家庭料理のレストランでランチを食べた。いちおうミニコースになっていて、ワインを飲めなかったのが残念な料理だった(マイカーで来ていたので)。
 買い物をしてから帰宅した。
 就寝前に、レンタルビデオの1本目「ザ・ディープ」を鑑賞した。沈没船からの宝探し物だったが、いまいちロマンが感じられなかったなあ。
 夕方から雨が降りだした。正直言って、明日の運動会は延期になって欲しいなあ。
 久々のデートで結構歩き回ったので、さっさと寝ることにした。

 気まぐれ日記 00年10月へつづく